巴日和

「…こんなに高価そうなもの、貰えません」
「どうして?きみの為に買ったんだから受け取って貰えないと困るね」

どうしてって。私別に誕生日でもないし。今日はなんでもない日だし。
それに加えて、巴さんとはプレゼントを貰えるような仲ではないと思っている。事務所の社員と、所属アイドル。出会ったのだって数ヶ月前だしその前に何か接点があった訳でもない。ただ最近やたらと巴さんから物を貰うようになって些か困り果てているところだ。残業しているところにどこからか現れて、お菓子や温かい飲み物を手渡される。お返しやお金を渡そうとしても最もな理由をつけて受け取ろうとしない。巴さんは実家がお金持ちだから金銭感覚がおかしいのだと相方の漣さんから聞いたことがあったけれど、今回に関しては一社員に渡すようなものではない。受け取るわけにはいかない。

「きみはそのままでも充分綺麗だと思うけど、たまにはこういうの使ったっていいと思うんだよね」
「いや、でも」
「ぼくが見たいだけで勝手に渡してるんだから、きみに拒否する権利はないよね?」
「そんな横暴な……」

どこかの女王よろしく、よくわからない理屈で丸め込まれそうになる。この人はこういうことをするのがすごく上手だ。有無を言わさず自分のペースに巻き込もうとしてくるのは一種の才能だと思う。無茶苦茶とも言うけど。

「この色なんか似合うと思うね、きみは色が白いから」

ラッピングすら施されていない、剥き出しのそれを開く。巴さんの細長い指がそのうちの一色をなぞって、私の瞼にそっと擦り付けた。
その行為でアイシャドウパレットだったのかと心の中で呟く。蓋にはユニコーン、メルヘンな見た目をしたそれは私に似合っているとは良い難い。シャドウなんて普段使ってブラウンくらいだし、女の子が好きそうなピンクやラメの入った色ばかりが並ぶそれに気後れしてしまう。

「ほら、見てごらん」

ポケットから取り出した鏡を押しつけるようにして見ろと言うので、恐る恐る鏡の中の自分を覗く。片方の目元に薄らと見える桃色は、発色こそしっかりしているものの決して浮くことはなく、華やかなのに派手すぎず上品に見えた。予想通り、良いお値段のするものに違いない。私は鏡から目を離してやっぱり貰えません、と目を伏せる。

「でも、もうきみが使ってしまったから。貰ってくれないと困るよね?」
「そ、……じゃあせめて、何かお返しさせてください」
「さっきも言ったよね。これはぼくが勝手にあげてるだけ。お礼なんてされる筋合いないね」
「自社のアイドルにこんなもの貰って、上から怒られます」
「茨は何も言っていなかったけど?」

そういえば七種さんにそれとなく相談した時、複雑そうな顔をして「自分の知るところではありません」と言われたのを思い出す。あの七種さんでも巴さんは止められないものなんだろうか。いや、それにしても困る。こんなところ他のアイドルに見られたらどう言い訳すればいいんだろう。そんなことを考えていれば顔に出ていたのか、巴さんはふふんと得意げに笑った。

「誰に見られたって構わないね、その為に今まで尽くしてきたんだから」
「……は?」
「ねえ、ぼくって意外と強かなんだよね。自分で言うのもなんだけど。もうこの辺のアイドルなら、きみはぼくのものって思われてるはずだよ」
「と、と、巴さん」
「ジュンくん辺りには呆れられるだろうけど仕方ないよね。欲しいと思ったら、手に入れなくちゃ気が済まない。ぼくはずっとそうして生きてきたし、これからもそうするつもりだから。逃してやらないからね」

これは周りから固められているのでは?あの巴さんに?虫も殺さなさそうな顔してる、おひいさんなんて呼ばれてる巴さんがそんなことする?
音を立てて閉められたパレットは私の鞄に押し込まれて、文句を言う暇もなく巴さんはすたすたと長い足で事務所を出て行く。頭に浮かぶのは困惑と疑問ばかりで回転しない脳味噌に自分で腹が立つ。
少しして、あのやり手で頭の切れる七種さんが巴さんのことをやりにくい相手と唸っていたのを思い出して今度こそ頭を抱えた。私はどうやら彼の射程距離に入ってしまったらしい。


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