にこにこと、ただし口元を引きつらせながら茨が吐き捨てるようにそう言った。こういう時は大抵苛々している時だ。おかしいな、私さっきこの男から好きだとか言われた気がしたんだけどな。もしかして夢?妄想だった?ぽかんと空いていた私の口は、茨の手のひらで顎を思い切り下から押されたことで強制的に閉じられた。
「あっぶな、何すんのやめてよ」
「おや、舌でも噛めば信じるかなと思ったんですがね」
「は?」
「自分がこういうことを言うのがそんなに可笑しいですか」
おかしいとかおかしくないとかよりも、予想していなかったに尽きるのだ。私は茨と違って生まれも育ちも仕事も普通だし、会った時からこんな扱いを受けていたし、そりゃあたまに弱みを見せてくれるようになって嬉しいなとか思ってたけど、茨と私の関係性は友達そのものだった。たまに会って仕事の愚痴を言い合う関係。なのに何故今こんなことに。
心臓がうるさい。ていうか痛い。苦し紛れにちょっと待って、と絞り出したのにこの男はまるで追い打ちをかけるように少しばかり頬を染める。そんな顔初めて見た。
「好きだって言ってんですから、いい加減はいとかいいえとか言ったらどうなんです」
「ええ…?それ告白した後に吐く台詞じゃないでしょ……」
「照れてるんですよ」
「全然可愛くないから」
「あなたは可哀想ですねえ、自分のような最低野郎に好かれてしまって。心底同情します」
じっとその瞳で見られると、ぴしりと身体が固まった。茨のことだ、はいと言うまで話すつもりはないに違いない。珍しく家に招かれたと思ったらそういうことだったのだ。罠だとも知らずに私は何も考えずほいほいとついて行ってしまった。好きだろうが嫌いだろうが、どのみち私が自分のところへ来るとわかっていてこういうことをする。
「…いいえって言ったらどうするの」
「ショックで寝込むかもしれませんねえ、仕事に影響でも出たらどうしましょう」
「それ脅しじゃん」
「冗談ですよ。そんなことしなくてもなまえさんは自分のところまで落ちて来てくれるって知ってますから」
ねえ?と頬杖をついて、今度はテレビの中でよく見るような胡散臭い笑顔を振りまいてみせた。貼り付けた表情も一人称も、私の前で時々剥がれるのが彼の隙を見るようで好きだったのを思い出す。もしかして私、その時から狙われていたんじゃないかなあ。この男なら有り得るな。
「好きですよ、なまえさん。だから俺と、地獄まで一緒に行きましょう」