漣ジュン

携帯が音を立てて「もうすぐ帰ります」と連絡が入ったから、コンロに再び火を付けて煮込んでいた鍋にカレールーをぼとぼとと落とした。そうしてかき混ぜていればあっという間に鍋の中はカレー一色になる。甘口と中辛を混ぜたカレーが私達の定番だ。それに加えて、私がカレーを作るときにいつも用意する隠し味。すりおろした林檎、チョコレート。それから、彼の瞳と同じ色の蜂蜜。
同じように鍋に放り込んでぐるぐるかき混ぜる。果たしてジュンくんがこの隠し味に気づいているのかどうかは分からないけれど、私の特段不味くも美味しくもないであろう料理にいつも美味しいと言ってくれるあたりそれだけで出来た彼氏だなあと思ってしまうのだ。



メッセージ通り、あの後すぐに仕事から帰ってきたジュンくんは着替えて椅子に座る。心なしか嬉しそうな表情なのは気のせいだろうか。

「何かあったの?」
「…?別になんもねえっすけど」
「そうなんだ。なんか嬉しそうだったから何かなあと思って」
「あー……顔に出てました?」
「うん。珍しく幸せそうなオーラ出てた」
「カレー、好きだから。それでじゃないですか」

いただきます。照れたのを隠すようにカレーを口に運び始めるジュンくんはやっぱり幸せそうだ。カレー好きなことに何を照れる必要があるんだろうか。ジュンくんの恥ずかしポイントがいまだによく分からない時がある。私だってカレーは好きだし、仕事から帰ってきて夕ご飯がカレーだったらテンション上がるけどなあ。だから特に気にせず、自分の作ったカレーに心の中で点数をつけた。今日は100点に限りなく近いな。

「なまえさんの作るカレーって美味いっすよね」

空腹と照れのピークが過ぎ去ったのか、落ち着いたという顔でジュンくんが半分ほど皿に残ったそれをじっと見る。カレーが好きな人に褒めてもらえるなんて作った甲斐があるなあ。

「ありがとう。自分でも今日のは100点あげてもいい出来だよ」
「なんか、家のカレーと違うんすよね。何か入れてます?」
「うん、隠し味。それにしてもジュンくんがそんなにカレー好きとは思わなかったなあ」
「まあ普通に好きですけど。なまえさんの作るカレーは特別好きっすねえ」
「……そんなに特別美味しいとは思わないけどな……?」

見た目も味も、特別好きと言ってもらえるほどのものではないような気がする。自分が作ったからそう思うわけではなく、実際お店に行けばもっと美味しいものは食べられるだろうし家庭でもスパイスから作れば本格的な味のものはたくさんあるだろう。精々普通のものより少し甘めというくらいしか特徴は無いと思う。考え込む私を見て、ジュンくんは笑った。

「仕事帰ってくるの待ってる彼女がオレの為に作ってんだから、美味くない訳ないでしょうよ」
「……そういうことですか……」
「そういうことっすよ。隠し味が何かまではわかんねえけど、甘口入れてるくらいは分かるし。あんまりオレを舐めない方がいいっすよぉ」
「ジュンくんそこ、そういうとこだよ」
「はあ?」
「そういうところがずるいんだよ……」
「ははっ 褒め言葉でしょ、それ」

いつのまにか空になっているお皿におかわりが盛られる頃。私は冷蔵庫に眠っている今日のデザートを、仕返しに彼の分まで食べてやろうかなんて考えるくらいの抵抗しか出来なかった。

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