かわいいものやひと。それは誰にでも愛される。何か特別なことをしなくても、ただそこにある、いるだけで、誰かを癒す存在。
 私はそんな”かわいい”とは無縁の人間だった。だからこそ​かわい​い存在が、自分にとって妬ましいものだった。

「ねえ……鈴音」
「なーに?」

 私が声をかければ、振り向いて花が咲いたような笑みを向けてくる彼女。いつも髪の毛がふわっとしていて、睫毛は綺麗に整っていて唇はぷっくりピンク色。近寄れば甘い綿菓子のような匂いがする。彼女のことを勝手に『立てばベル、座れば親指姫、歩く姿はシンデレラ』と心の中で言っているくらいには、鈴音はあまりにも完璧で美しいお人形のような女性だ。男女問わず、誰もが一度は鈴音の可愛さに見とれたことがあるだろう。

「何か、私に隠してること、ない?」

 私の問いかけに、鈴音の笑顔が少しだけ崩れた。しかしすぐに可愛い笑顔に戻って、

「うん?何もないよ?」

 と困り眉で答えた。
 容姿も学力もスポーツも全て完璧な彼女の欠点を上げるとすれば、それは『嘘が下手である』ということ。これは中学から高校に至る今までずっと鈴音の隣にいた私だから言えることだ。何か彼女の身に起きた異変を変に匂わせるとかをしなくても、表情や声色などで分かってしまう。
 例えば怪我。部活で怪我をした時、いつも「大丈夫だよ」と言うけれど、声が弱々しく表情も苦しそうで、「本当は痛むんでしょ?」と私が言えば素直に頷く。
 後は、鈴音が誰かと喧嘩した時。いつもよりため息が多く、あからさまに返事が冷たくて不機嫌だった。何か変だなと思っていると、鈴音が普段話すはずの子とすれ違っても、何も反応しないことに気がついた。そういえば鈴音最近、あの子と話してない。そう思って、
「もしかして、喧嘩した?あの子と」と聞けば、「え、うん…なんで分かったの」と驚いたように言った。鈴音は分かりやすいんだよ、全部。いつも思うその言葉を、私が彼女に言ったことは無かった。
 しかし今日は、ついに言わなければならないのかもしれない。

「ふーん…ほんとに?」
「ほんとだって。私何か、変わったことある?」
「まあ…私が気付く限りでは、いくつかあるけど」

 まず、香水の匂い。前まではラベンダーとか、花の香りの香水をつけてるのに、最近はもっと甘い、お菓子みたいな匂いのものになった。それと、メイク。美も可愛いも融合させた(韓国風だろうか)メイクをしていた彼女だったが、最近はかわいさを全面に出したメイクをしていることが多い。そして何より───私はあの時、見えてしまったのだ。鈴音のスマホのホーム画面。私とのツーショだったはずが、別の…男とのツーショに切り替わっていたのが。
 彼女に起きた変化。些細なことかもしれないが、私にとってみれば十分分かることだった。彼女を全部知ってる、私なら。

「メイクとか香水とか、変えたよね」
「……うん、変えた。でも、特に理由は」

「彼氏、出来たんでしょ?」

 鈴音の言葉を遮って、私はそう問う。真っ黒な、宝石みたいな瞳が揺れて、鈴音はバツが悪そうに俯いた。図星だ。

「え……いや、別にそういうのじゃ……!」
「身に纏うもの、彼氏が好きなようにって、変えたんでしょう」
「違うよ、ただそれは気分なだけで……ねえ、七海。私あんまり恋愛とか得意じゃないって言ったよね……?」
「それは確かに聞いたよ。でもね……私、たまたま見ちゃったの。鈴音のホーム画面が、男とのツーショに変わってたのを」

 これを言っても、まだ首を横に振るの?
 鈴音は私にこう問いつめられるのに弱い。だからか、私は大体彼女の本音を吐き出させることができる。隠し事が下手で、優しい鈴音。

「私たちの間で隠し事は無しって言ったよね」

 私はこの言葉を決定打として、彼女の瞳をまっすぐ見た。

「……そうだよね……うん、七海の言う通りだよ。私、彼氏できた。初めて心の底から、好きだって思える人ができたの」

 やっぱり。
 今回も鈴音の本音を引き出すことに成功した。これでなら私は彼女に勝つことができる。いつもはそれに、優越感すら抱いていた私。でも今日はそれよりも、モヤモヤとした感情が勝っていた。心無しか、胸のあたりもズキズキと痛む。
 心の底から好きだと思える人ができた。そう言う鈴音の瞳は私に向けるよりもより煌めいていて、頬はメイクをしているのと二重で、より赤くなっていた。

「なんで言いたくなかったの」
「だって……恥ずかしいじゃん。彼氏できたとか、自分から言うのって」

 聞いた事のないくらい、甘い声。その彼氏の前では、くらくらと酔ってしまいそうなくらい甘ったるい声を出して接してるんだろうな。私が知らない鈴音のことを、その彼氏は知ることができるのだ。妬ましいったら、ありゃしない。

「出来たことないから分からないけど」
「私にとってはそういうものなの!てか、七海よく分かったね、ほんとに」
「私の前で、鈴音が隠し事できると思う?」
「……まあ自分でも思わないかな。私は嘘が下手だし、七海は、嘘を見抜くのが上手い」
「……本当にね、」

 悔しいくらい。その言葉は鈴音に聞こえないくらいの声量で呟いて、そのまま喧騒にかき消されていった。
 かわいいものが妬ましい。自分には無いものだから。
 その中で見つけた鈴音という存在を、私はいつしか正しい感情で見られなくなってしまった。彼女は『かわいい』を具現化したような子だった。容姿も性格も仕草も、隠し事が下手なのも、全部がかわいい。だから守りたくて、ずっと傍に置いておきたかった。妬ましいはずなのに、彼女に向ける感情は、愛だの恋だのと名のつくものだった。かわいい物に対する妬ましさや憎しみが、彼女の前ではすべて消える。それくらい鈴音が好きだった。
 可愛い人間には必ずと言っていいほど豊富にある恋愛経験というものが、彼女にはなかった。だから安堵していたのだ。鈴音が私の傍から離れることは無いって。
 だけど、現実はそう自分のいいように動いてはくれない。高校二年、鈴音と話し始めてから五年が経つ春、彼女から告げられた事実。まるで死刑判決を言い渡された囚人のような気分だ。
 私の元から彼女が離れていく。誰のものでも無かった、お人形のような彼女が。
 今はただ、憎い。鈴音の心を射止めた、『心の底から好きな人』が。

「彼氏ばっかり優先しないで、たまにでいいから私とも遊んでよ?」
「勿論だよ。七海は一番の親友だもんね」

 私の手をぎゅっと握ってはにかむ鈴音。もうこの可愛い笑顔は、私だけのものじゃなくなる。所詮、私は親友止まりだから。
 望まない結末に、私はただぎこちない笑いを返すほかなかった。