期待は、予想以上に淡く砕け散るものである。僕はそれを知らなかった。

「ごめん。志田とはつきあえない」

 そう言って深々と頭を下げる、僕の好きな人。短く切られた銀色の髪の毛が揺れ動くのを、僕はただぼうっと見つめていた。カフェの店内を流れるジャズに、客の話し声。聞こうとしなくても耳に入ってくるそれらがやけに大きく聞こえる。机に置かれた飲みかけのコーヒーを覗くと、何とも言えない表情の自分がそこには映っていた。

「そう、ですか」

 宮村さんのことを見れなくて、僕は下を向いたままそう言うことしかできなかった。
 かっこいい女性がタイプだった僕は、ボーイッシュで背の高い彼女に一目惚れした。こよ一年彼女と仲良くなるために沢山話しかけてきて、迎えた今日。僕は告白するためだけに彼女をカフェに誘った。冬真っ盛りの今日はいつにも増して寒く、僕らは大学近くのカフェに急いで入ったのだった。
 そして意を決して告白したら、これだ。
 どうすんだよこの空気、と自分自身に問いかけ、コーヒーを一気に飲み干す。ホットでと頼んだはずのコーヒーは、いつの間にか冷めてしまっていた。
 

 あれから三ヶ月。

「……宮村さん」
「……志田」

 好きな人にばったり会ったのは、ゴールデンウィークの初日だった。同じサークルに所属しているのにもうずっと話していない彼女と、こんな所で会うとは。

「奇遇ですね。宮村さんも帰省ですか?」
「ううん。私は、高校の友達と待ち合わせ。まだ時間かかるって言うから、待ちがてらお土産見てこうと思って」

 ほら、これとか、美味しそう。そう言って彼女が指差したのは、洋風のイラストが目を引くクッキー缶。色とりどりで、形も花や動物などさまざまなものが入っている。美味しそうだ。

「これ買おうかな。僕今日実家帰るんで、家族への土産にします」
「そうなんだ。じゃ、私もこれ友達に買ってこっと」

 二人で同じ商品を買った後は、二人で駅構内のお土産を回った。三ヶ月もの間、サークルや大学で会っても挨拶を交わすだけになっていた僕と宮村さん。オフの姿を見れたのもあり、今日会えたことは飛び上がるくらい嬉しい。だが、何せ振られた相手なのだ、気まずいったらありゃしない。
 しかし意外にも、僕は宮村さんと会話ができていた。最近見た映画とか、バンドでどんな曲を練習しているのかとか。笑いながら話す宮村さんは以前と変わらず、自分が好きなままの彼女だった。だが僕も宮村さんも、あの日のことを口に出すことはしなかった。
 

「あ……なんか友達、到着遅れるみたい」

 駅構内を回り始めてからだいたい三十分が経った頃。スマホを見ていた宮村さんが僕にそう言った。

「マジすか?」
「うん。もう結構、ぐるっと一周した感じはあるよね。どっか、座れるとこにでも行く?」
「そうですね」

 宮村さんの言葉に頷いて、珍しく空いている駅の待合室に腰かけた。

「……あの」

 フラペチーノを飲み終わった宮村さんに、僕はそう問いかけた。聞くなら、今しかない。深く息を吸って吐き、僕は彼女の目を見る。

「あの時……どうして僕は、振られたんでしょうか」

「なぜ僕を振ったのか」と言うと、彼女を責めていると捉えられてしまうかもしれない。そう思いそんな聞き方をした。

「いや、その!自分の中で、ちゃんと割り切ったつもりではいたんです。でもどうしても…それだけが気になって」

 実のところ割り切れてはいないのだが、いつまでも振った相手に取りついていると思われても嫌だった。だから嘘をつきつつ、そう話した。

「……ああ、そっか。あの時、理由までは言ってなかったね」

 宮村さんは頭を触りながらそう言い、しばらく頬を撫でつつ黙り込んだ。この質問は地雷だっただろうか。それとも、何か言いにくいことが?僕が宮村さんに問いかけようとしたその時、彼女は重く閉ざされていた口を開いた。

「……ちょっと。見てほしいものが、あって」

 スマホを操作しながら、宮村さんはそう頼んだ。「これ」と言われるがまま、液晶画面を見る。何かの集合写真だ。全員が同じ白いTシャツを着ている。その後ろにはドラムやアンプなど、僕らのサークルでもよく使う機材などが並んでいる。宮村さんが指を差したのは、真ん中でピースしながら笑っている、長い髪の女性だ。その人は髪型は違うが、顔は宮村さんによく似ていた。

「高校の頃の、私なの」
「……えっ。この人が、ですか?」
「そう。今の私からは、信じられない姿でしょ」

 今の彼女の、短い白銀の髪と、写真の長い髪(背中の辺りまで伸びているように思える)を比べれば、違いは歴然だ。だが、この写真が彼女が僕を振った理由?色々なことを考えても、そのどれにもイマイチ結びつかない。

「……忘れられない男のせいなんだよね。私が、こんな風に着飾るようになったの」

 髪をいじりながら、宮村さんはそう話す。空のカップに、その視線が落ちる。

「髪を切ったのも、ズボンしか履かなくなったのも……全部、あの子のせい」

 恨めしそうに、だけど、愛おしそうに。彼女はそう語り出した。

「好きだった一個下の後輩がいたの、同じ部活に。私、人見知りで、冷たいってよく言われるでしょ?でも、その子はそんな私にいっぱい話しかけてくれたの。そんなあの子に、私は段々惹かれてった。両想いなんじゃないかって、思ったりもした」

 でもね……と、苦しそうに笑って宮村さんは言った。

「その子、同性愛者だったんだよね」

 ああ、と声にならない声が出た。そうか、だから宮村さんは……容姿だけでも男に近付きたくて、いつもこんな風に着飾っていたんだ。

「信頼できる奈美先輩だからって、言われたの。本当はその時に割り切らないといけなかった。でも、嫌いになれなくて、引きずっちゃって……結局、今後会うかも分からないのに、この姿で、生き始めた」

 宮村さんの瞳が、淡く輝いている。彼女は好きな人を思い浮かべる時、こんなにも美しい表情を見せるのだ。彼女にとって忘れられない、僕と同じ年齢のその人は、彼女にとってどれだけ魅力的だったのだろう。

「……そうだった、んですね」
「うん。だから、君からの告白を断ったの」

 忘れられない人のために着飾った彼女に恋をするなんて、とんだ皮肉だ。でも僕はきっと、彼女の姿がどんなものであっても、最終的には惚れていただろう。ボーイッシュなその姿を好きだと思ったのは事実だが、告白するにまで至った理由は、関わっていくなかで感じた彼女の優しさにあったから。
 だから、やっぱり僕はまだあなたを諦めたくない。

「……僕、いつか、その人を忘れさせるくらいあなたを夢中にさせます。だから……まだ、諦めなくても、いいですか」
「……うん。じゃあ、期待してるよ」