あふれるぐらいの、好きをちょうだい
昨日深夜の2時頃までかかって作った甘さ控えめのガトーショコラは、夜勤明けで6時に帰宅した大の甘党である兄に食べられ、冷蔵庫の中で見るも無残な姿で発見された。最悪である。あまり眠れなかった頭では兄を怒鳴る気にもなれず、私は涙を堪えながら朝食を胃に流し込んだ。
食べるなと書き置きをしていなかった私も悪い。けれど、自分が買ってきたものでもないのに確認も取らずに勝手に食うか?!と渋い顔をしながら私は自室に戻って制服に着替える。
一連の流れを見ていた母さんが、市販のものでもいいならコンビニで買っていきな?と5000円をくれた。残ったお金はお小遣いにしていいから…と言う母の優しさにまた涙が出た。全ての元凶はリビングのソファで爆睡してやがるよコノヤロウ。
母さんに力のない返事を返し、私は学校に向けて重たい足を動かす。カバンから可愛くラッピングされた袋をのぞかせている女の子と、登校途中に何回もすれ違ってメンタルが死んだ。
バキバキに砕け散ったメンタルでコンビニなんて寄れる訳もなく、私は手ぶらで学校の校門をくぐる。好きな男の子に本命チョコを渡すため緊張する女子や、好きな女の子から本命チョコを貰えるかソワソワと浮き立つ男子を見て私はまた渋い顔をした。名探偵ピカチ〇ウのあのしわしわ顔並にしわしわだ。あとが残ったらどうしてくれるんだ。
流石に衛生上の問題とかで下駄箱にチョコを入れる子は居なかったようで、下駄箱エリアではそこまで荒れることなく、靴を履き替えて教室へと向かうことが出来た。
けれど、下駄箱を離れればそこから先は地獄絵図だった。チョコを持った人間のオンパレードだったのである。廊下はさながらリオのカーニバルだった。
脳内で某聖杯戦争をする作品の褐色白髪の鯖が「その先は地獄だそ……」と言った気がした。いや言うのが遅せぇよ。もう地獄浴びせられとるがな。
「この学校校則ゆるすぎ……」
隠す気もなくチョコを持って歩く人間の多いこと多いこと。去年のバレンタインの時にも思ったけど、まじでゆるゆるすぎる。教師はせめて「持ってきてもいいけど、隠して持ってきて隠れて渡せよ……」みたいなこと言えや!
片手にチョコ装備しないと死ぬ設定でもあるのか?!ってぐらい皆が皆チョコを持っている所為で校内がチョコくさい。私も一歩間違えばこの校内異臭事件に加担する所だったんだね……と言い聞かせながら、チョコが手元になくて狂いそうな脳内を鎮める。
もう早退したい。なんでこんな拷問受けなきゃならないんだ…と心の中でぺしょぺしょ泣きながら教室へとやってこれば、私が入ると同時に誰かが教室から出てこようとしていてぶつかった。勢いはなかったのでぶつかった衝撃は弱いが、ぶつけた額と鼻先が痛い。ちゃんと前見て歩けっての、と自分のことは棚に上げてぶつかった相手を睨めば、そこには私の天敵がいた。
「げ、吉田……」
「げってなんだよ」
失礼なやつだな……と首に手をあてながら私を見下ろす胡散臭い顔をした男。その男は両サイドに女の子を侍らせながら、片方の手にチョコが入ってる紙袋を持っていた。
朝の段階でこんなにチョコ貰ってるわけ?と内心焦る。けれどどう焦っても、私は今日、渡せるチョコを持ち合わせていないので無意味だ。
「何?チョコでもくれるの?」
「は?あげるわけないでしょ」
自意識過剰なんじゃないの と、思ってもない言葉がつらつらと口から出る。あれれ〜〜〜???ツンデレキャラとか私別に望んでないんだけどな〜〜???おかしいな〜〜〜〜〜〜???無意識に、思った言葉と真逆の言葉が口から出ちゃうや〜〜〜!と、心の中で某探偵ごっこをして遊ぶ。
強烈なチョコの匂いと甘ったるい雰囲気に酔って、気分は最高にハイ!ってやつ状態だった。けれど秒で、脳内廃人状態に終止符は打たれる。
「なにこの女……」
吉田の隣にいた女がめちゃくちゃ怖い顔をしながらボソリとそう言葉をもらした。めんどくさ というのがありありと表情に出ている。
いやめんどくさいのはこっちだわ、と眉をしかめたのが見えたのだろう。吉田は私に向かってにこりと意味深な笑顔を作った。多分「退け」って意味なんだろうなぁ。
私は言われるがままにスっと身体を反転させた。そして奴等に背を向け、吉田たちが出ようとしていた扉とは別の扉から教室に入る。教室内は廊下よりもチョコの匂いが充満していてむせ返りそうだったが、我慢をして自分の席に着く。すると私の前の席に座っている友達が、なにあの態度と私をジト目で見てきた。
「チョコあげないの?昨日まであれだけ、今年こそは本命渡す!!って意気込んでたのに?」
「……チョコ持ってきてない」
「はぁ???????」
なんで?!と私の肩を掴んで顔を近づけてくる友達に慌てて今朝あったことを話した。すると友達は無宗教の癖に胸の前で十字を刻んでアーメンと唱えだす。死んでねぇわ。勝手に殺すな。
「だから渡せないの。……チョコがあっても、あんなの見せられたら本命渡せなかっただろうけど」
なんであいつあんなにモテるのよ……と机の上に顔を伏せる。
口ではあんなことを言ったけれど、私は吉田のことが好きだ。毎年同じクラスで、席替えが多くない中で年に1回は必ず隣の席になる腐れ縁の男のことが好き。天敵だと思っているのは、好きすぎてあいつの前ではさっきみたいに暴走して自分を見失ってしまうからだ。
昨日までは友達の言う通り、今年こそは本命のチョコを渡して想いを伝えたいと意気込んでいた。けれど、兄にチョコを食べられてしまったことや、吉田が貰っているチョコの量や、あいつがモテることや、取り巻きの可愛い女の子たちの事が色々重なって、私のメンタルはズタボロで、告白する気持ちなんて消え失せていた。
バレンタインなんてくそくらえ。
そう呟いたのが聞こえたのか、はたまた朝からしょぼしょぼと力無い顔をする私を見かねてなのか、友達が優しく私の頭を撫でてくれた。
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あいつにチョコは渡さないし告白もしない と、そう心に決めたと言うのに、私の天敵でありクラスメイトである吉田は、休み時間の度に私の所に来ては「まだチョコくれないの?」と催促してきた。人を馬鹿にした様な笑顔付きで。
来る度に「あげないって言ってるでしょ!」とキレる私を見て、吉田は首を傾げて去っていく の繰り返しだ。昼休みなんて、「そこまで頑なにならなくていいだろ……」って意味深な言葉を吐いていったけど一体なに????
「吉田、なんかやたらとチョコに拘って来るんだけど」
「え?!あ〜、うん、何でだろうねぇ〜〜」
苦い顔をした友達が、もにょもにょと言葉を濁した。ここまで気付かないとかあんたは逆に凄いよ……と謎に褒められたけど全然嬉しくない。
あげないって言ってるのに、なんでめげずに再チャレンジしてくるんだろう。まるで私が、絶対に吉田にチョコを渡すことを知っているかのような口ぶりに、嫌な予感が背筋を走る。
「帰りにどこかで買って渡せば?」
「もう渡さないって決めたから……」
「アホぬかしてないで、チロルチョコでもいいからちゃんとあげなさいよ」
さっきからめちゃくちゃあんたのこと見てきて鬱陶しいし、と吉田の方をコソッと睨む友達につられてそっちを見ると、彼の机の両脇にかけられたぱんぱんに膨れ上がった紙袋が目に入った。律儀に貰ってあげるのはいいけど、あれだけの量をちゃんと食べきるのだろうか?
コンビニでチョコを買って渡したところで、きっとあれだけの数のチョコに埋もれるだけだろう。それくらいなら渡さない方が絶対にいい。もういいや。ホームルーム終わったら秒で帰ろ……と考えていると、不意に吉田と目が合った。
意味あり気な視線を向けてくる吉田と暫く見つめあう。私の脳内でサザ〇のTSUNAMIの歌詞がリフレインしている中、何を思ったのか吉田はガタリと席を立ってこちらに向かって歩いてきた。やっべ!気配を消して何とか逃げ切るしかない!と身を縮こませたと同時に、私と友達の顔に影がさした。
「こいつ、借りてもいいかな」
語尾にクエスチョンマークがついていない問いかけに、強制連行フラグが立つ。助けて!と友達に向かって視線を投げれば、友達は全てを理解した表情をしながら首を左右に振った。
素直になりなさい……、と慈愛に満ちた表情を浮かべ出す友達に、薄情者!と叫ぶ。コントやってないでついてきて、と勝手に漫才をしていたことにされた挙句、腕を捕まれた私は吉田に無理やり教室から連れ出された。
人気のない場所に連れていかれて、必然的に「ヒェッ……」という声が口から盛れた。
壁をせにした私の前に立ち塞がった吉田は、腕を組んで私を見下ろしてくる。無言の圧力が怖い。というかこいつは何でこんなに苛立った顔をしているんだろう。
「もしかして、俺じゃない誰かにチョコあげたのか?」
「…………は?」
静寂を破って重く吐き出されたその言葉を聞いて、私は素っ頓狂な声をあげてしまった。あまりの気の抜けた声に恥ずかしさが込み上げてくる。
けれどそんな私の赤くなった顔を見て何かを勘違いした吉田は、髪の毛でよく見えない目元を細めてまた私を見つめてきた。
……いや、まって????!まじでどういう状況???
「…………私が誰にチョコあげようと吉田には関係なくない?」
「は?関係あるに決まってるだろ」
「いや、無いよ。別に付き合ってる訳でも無いんだし、吉田が私のこと好きとかじゃない限り……」
そう言いかけて、吉田の生じろい手で口元を覆われた。それ以上喋るな と、いつもより数段低くなった声音で話しかけられてビクリと肩が揺れる。
慌ててお口をミッフィーにした私は、そろそろと視線をあげて吉田の顔を見た。するとそこには、耳まで真っ赤にした吉田がいた。
「……………………え?」
えっ?まじでどういう状況??????なんでこいつ照れてるの?まさか図星?と言いたいのに、吉田の手の所為で喋れない。
宇宙猫の前をして銀河の果まで思考を飛ばしていたら、恥ずかしさが天元突破したのであろう吉田がワケの分からないことを吠え出した。
「っ、昨日オマエが、俺に本命チョコ渡すって言ってたの聞いたんだよ!!!!」
突如として勢いよく吠えた吉田の言葉にぽかんとする。は?????え?????なんでこいつがその事知ってんの?????えっ??もしかして昨日友達と話してたの聞かれてた?????だからあんなに教室でチョコ催促してきたわけ????
「こっちは朝からずっと、いつ渡してくれるんだろうって待ってたってのに。オマエ全然渡してくる気配ないし、挙句の果てにはくれる気がないとか嘘つくし……」
「いや、チョコ持ってきてないんだから、どう頑張ってもあげれるわけないでしょ」
「は?チョコ持ってきてない?」
吉田の手を退かして弁明した私の言葉を聞いて、吉田はマヌケな表情を浮かべ、私の口元にあった手を下ろした。
私はそんなコロコロと表情の変わる吉田を物珍しげに観察しながら、チョコを持ってきていない理由を話す。なんでこいつにこんなこと話してるんだろ。ってかポロッと吉田の為にガトーショコラ作ったこと認めちゃったや と冷静になった頃には、全て話し終えていてどう取り繕ったって手遅れだった。
「じゃあ、もしオマエの兄貴にガトーショコラが食われてなかったら、俺にそれくれたんだな?」
「あ〜〜、うん。きっと渡したんじゃないかな」
「本命のを、俺に……」
じんわりと、嬉しさを噛み締めるようにして微笑んだ吉田の笑顔は私の心臓にクリティカルヒットした。Weak!と頭の上で表示が出た気分だ。
けれど吉田は、今にも死にかけている私の事なんて気にも止めず、ほくほくと口元を緩めるばかりだった。
「そんなに嬉しそうな顔、できたんだね」
「好きなやつから本命が貰えるってのに、喜ばないバカはいないだろ」
「そっか…………」
"好きなやつ"。そう言った吉田の言葉を聞いて、じわじわと嬉しさが込み上げてきた。
ここで気持ちを伝えなくていつ伝えるんだ と気付いた私は、下げられた吉田の手をとってぎゅうっと両手で握りこんだ。心臓のうるささが激しさを増す。血が逆流しそうな程の照れ臭さが込み上げてくる中、はくはくと動かしていた唇をきゅっと結んでから、何度も脳内で繰り返してきた言葉を吐き出す。
「好きだよ、吉田。チョコはないけど、私のこの気持ち受け取ってくれる?」
「ああ。もちろん」
「返品不可だからね」
「返す気なんて死んでもないさ」
握りこんでいた腕をぐいっと引っ張られ、ぽすりと吉田の胸に飛び込んだ。突如として抱き締められたことに動揺する。上擦った声を出しばたばた慌てる私を見て、吉田はくすくすと笑っていた。
授業完璧遅刻だなァと悪気も無く言う吉田につられて、私もゆるゆると口元を緩める。
「俺も、オマエのこと大好きだよ」
そう言った吉田の言葉を、このバレンタインの思い出を、私は一生忘れることは無いだろう。
〜オマケ〜
「そういえば、何で私から本命貰えるって知ってたのに他の女の子からもチョコ貰ってたわけ? 」
「は?嫉妬?かわい……」
「いや、こっちは真面目に聞いてるんだけど……」
授業をサボってしまった私達は、その間暇だからということで傍にあった階段に腰を下ろして駄弁っていた。座ってから、ちゃっかり手を繋いできた吉田の行動を断りきれず、恥ずかしいことこの上ないがずっと手を繋いでいる。しかも恋人繋ぎってやつで。
「本命だって言って渡してくるのはちゃんと断った。けど、チョコだけは受け取ってくれって言われたら、受け取るしかないだろ?」
「はぁ〜?吉田ってそんな、押しに弱い男だっけ?」
「オマエはあの、チョコを押し付けてくる時の有無を言わせない女子達の目を見てないからそんなこと言えるんだって……」
ふぅん、と唇を尖らせながら渋々と吉田の弁解を聞き入れる。
でも、あれだけの量さすがに一人で食べきれないよね?と言ったら、知り合いに"口に入った栄養のあるものはゲロでも食べるってぐらい食に貪欲な奴"がいるからそいつに全部やる という返事が帰ってきた。いや、ゲロ食べるって何????
「あ〜、でも、オマエの兄貴が食ってなかったら、今頃手作りガトーショコラ食えたかと思うと悔しいなァ……」
「今度作ってあげるから拗ねないでよ」
「拗ねてない」
けどやっぱり、今日何も貰えないのは納得いないな と訳の分からないことを言い出した吉田に、私は何言ってんだコイツと首を傾げる。
そんなに何か欲しいなら、帰りにコンビニでチョコでも買って渡そうか?と問えば、いいこと思いついたと言わんばかりに口角を上げた吉田を見てしまって嫌な予感がした。
隣から逃げようとしても、手を繋いでいるからどうにもできない。オワタ\(^o^)/と一昔前に流行った絵文字の顔をしていたら、今から貰うからもういいや と返ってきて、まさかと身体をこわばらせる。
「ちょと、吉田――――」
言いかけた言葉は、吉田の口の中へと吸い込まれた。ふにふにと柔らかい何かが唇に当たっていることに気付いて、吉田とキスをしている事を理解する。
突然の事だったので目を閉じるのも忘れ、吉田の真っ黒い瞳と視線がかち合う。目が会った瞬間にとろんと瞳が細められて、今日イチ心臓がバクバクと酷い音を立てた。
「ごちそうさまでした」
そう言った吉田の肩を、恥ずかしさのあまり叩くまであと五秒。
*fin
*****
兄にガトーショコラを食べられた女の子
吉田のことが好き。今回紆余曲折を経て吉田と付き合うことが出来て良かったとほくほくしている。
吉田から向けられている気持ちは、まじで連れ出されるまで気付いてなかった。
家に帰ったらお兄ちゃんが土下座で謝ってきて、GODIVAのチョコをたらふくくれたので許した。ちょろい。
吉田
割と早い段階から主人公ちゃんのことが好きだったけど、素直になれずにいた。
早く本命チョコを貰いたい一心で、女の子侍らせたり 貰ったチョコ見せて主人公ちゃんに危機感を持たせるor嫉妬させようとしてたけど、一向にくれる気配がなくて焦った男。なので余裕がなくなり、主人公ちゃん連れ出して問い詰めた。
口には出さないが、ガトーショコラを食った主人公ちゃんの兄に対してめちゃくちゃにさつ意抱いたし、心の中でn回ぐらい呪った。
チョコは全部デンジにあげた。
友達
こいつら早くくっつかねぇかなーと思ってた子。
けど主人公ちゃんが吉田を前にすると、超絶ド級のツンデレになってしまうことを理解しているので、バレンタインにかこつけて告白させないと永遠に無理だろうなと思っていた。
二人が付き合いだしてハッピーだが、吉田は何かと手が早そうなので気が気じゃない。
〜あとがき〜
本当はバレンタインの日に出せるように3000字ぐらいの短い話を書こうと思っていたのですが、気づいたらこんな感じになってました。
好きな子の前では年相応の、高校生する吉田が好きです。女殴らない吉田はもっと好きです。
前回あげた吉田やアキくんのお話に、たくさんのブクマやいいねを頂けて大変嬉しく思います!
ぽちぽちと書き溜めているお話はあるのですが、「こんな文章あげて大丈夫か?」と不安になりなかなかアップする気力になれず、今回のように前回から2ヶ月も空いての投稿になってしまい大変申し訳なく思います。
書き終わったり書きかけの吉田の夢が3つと、書きたいな〜と思っている吉田以外が相手のお話が数話ありますので、原神やるのは程々に、ちまちまと頑張って書いていきたいと思いますので気長に待っていただけると嬉しいです。
ご閲覧ありがとうございました。