「っわ、!」


壁外調査出陣前。せかせかと準備をしていた私は目の前の事に集中していた為か背後から近づく気配に全く気づかなくて、見事にひざかっくんというくだらない手にかかりなんとも情けない声を出しながら体制を崩した。
一体誰がこんな事を。と即座に振り返ればそこにはゲラゲラと大笑いしている者が一人。


「エルド!」

「ははっ、ひっかかってやんの!」


相変わらずフザけた髪型をしている見た目やんちゃなこの大男中身は今だ少年のようだ。これから巨人と戦いに行くというのになんて暢気なのかと私は一つため息を吐こうとしたが、


「?何食べてるの?」


彼の口元がなにやらモゴモゴと動いているのに気づいてそう問えば、ペロッと出された舌の上に乗っていたのは丸いもの。見せ方お茶目か、出陣前なのにこれまた呑気かと私は今度こそ盛大に溜息を吐いた。


「出陣前に食べるなんて前代未聞ね」

「そんな事言っていいのか?これは兵長からの頂き物なんだぜ?」

「…え?!」


あの兵長が飴玉を。あの兵長が、飴玉を。信じられない今回の壁外調査は何か起こるのではないかと思いつつ、兵長からの賜物をその場で頂かない事には別の意味で大変だとも思う。
しっかし、あの甘いもの嫌いそうな(あくまで予想)兵長がくれる飴玉は一体どんなお味がするのだろう。…気になる。無性に気になる。


「ね、余ってないの?」

「出陣前に食べるなんて前代未聞だって言ったのどこのどいつだよ」

「兵長からの頂き物なら別よ!」

「余っててもお前にはやらん。飴が気の毒だ」

「私飴より格下?!」


ニタリと笑うエルド。持っているらしいがどうしてもくれないらしい。昔からそう、彼がケチな性格なのは知っているけれど。


「この機会しか無いんだよ?この壁外調査で死んじゃったらもう貰えないじゃん!もしも死んだら私、化けて出てやるから!」

「…お前の恨みは低レベルだな」

「あのリヴァイ兵長から飴を貰えるなんて早々ないよ!一生自慢出来そうじゃん!」

「……」


まるで目の前におやつを見せびらかされて悶える犬のごとく。なかなか引かない私についに呆れたのかエルドの顔色が少し変わった気がして、どこか真剣そうにその距離を詰めてくる彼が不思議で、そう、私はずっとそこに突っ立ったままで、


「そんなに欲しいなら、やるよ」


レンタルだがな。その言葉の後、両肩に乗った彼の手に行動を規制され、驚いて一歩引いた筈の私の視界一杯に広がる金髪と、唇に強引に触れた何か。刹那ぬるりと割って入るそれに絡むように甘く広がるフルーティな香り。


「……っ?!」


一瞬の出来事に動くことを忘れた私は恐らくマヌケな顔をしていたと思うが、それは見られることなく気づけば彼はそそくさと背を向けて去っていく。


「調査が終わったら返せよ、飴玉」


舌の上に残された、コロリとした堅いもの。その存在感より彼の存在感の方が強くて、でも、どうしてもそれを認めたくなくて、


「…っ、そ、そんな何時間も舐めてられるか!」


怒声をその背に浴びせれば、ヒラヒラと片手を上げる彼はもう遠い。
それを見つめながら私は、丸くない、歪な形をした小さな欠片から口いっぱいに広がるその味を、最後まで噛みしめていた。




欠片でも甘い
(味は一瞬、記憶は一生)



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