――ガチャリ


「コンコーン!」


ドアが開いた。その後でコンコンという"音"が聞こえた。
…いろいろおかしい。コンコンというノックの音を立てるのは普通中に人がいるかどうか確認する為でドアを開けた後にするのは別におかしくはないがただの嫌がらせであってそもそもそのコンコンは拳で出すものであって口から出すものではない。


「おっじゃましまーす!」


元気のいい声とバタバタという足音が聞こえる。
…いろいろおかしい。ここは僕の家であってその家主の許可なく勝手に上がり込んで来るなんていやもちろん先ほど上がった声が知っている者のだから別に悪い事ではないのだけれど決して良い事でもないと思うのはあれか、僕が少しお堅い考えを持っているからだろうか。


「…ど、どうしたの、」


そしてもっとおかしいのはもうとっくに時計の針はてっぺんを回っているということである。夜分遅くに馬鹿デカイ声でこんにちはと勝手に人の家にズカズカと上がり込んで来るのは世間的に見てもダメなやつじゃないのか…と、思ってもその全てを口に出せない僕がそもそもおかしいという節もいなめないのだけれど。


「いやぁ〜飲み過ぎちゃってさ!うちよりアルミン家の方が近いから!」


そう言ってヘタリとその場に座り込む彼女。いろいろツッコみたいところはあったが、僕はそっと台所へ向かって足を進め、平然を装いながらグラスに水を注いだ。
こうして彼女が僕の家に来る事は珍しいことではない。寧ろ頻繁に彼女はやってくる。それを嫌だと思った事なんて一度も無い。今だってそう、寧ろ嬉しいくらいだ。…でも、それは、


「だからってこんな遅くに――」


時と場合による。


「こんな遅くだからでしょー。か弱い女の子をこんな夜遅くに一人で歩かせたら危ないでしょうが!」

「…本当にか弱い人は自分でか弱いなんて言わないと思うよ」


呆れながらグラスを渡すと、彼女は「さっすがアルミン、気が利く!」と言ってコクコクと物凄い勢いでそれを身体に流し込む。…それを眺める僕の頭の中に、リピートされる彼女の言葉。


「…こんな遅くに異性の家に上がり込むのも、どうかと思うけど?」

「んー?だってアルミンだし?」


まるで用意していたように即返ってきた言葉に、僕はハハハと笑う事しか出来なかった。

いつだってそう。ずっと。彼女は僕を男としてみていないのだと思う。夜遅くに一人で歩くのは確かに危ないけれど、夜遅くに異性の家に転がり込むのもいろんな意味で危ないという事を彼女は分かって無い。…いや、分かっている。その相手が僕だから危なくないという方程式が彼女の中でいつの間にか出来あがってしまっているんだ。


「アルミンはホンットいい奴だよね〜!」


その言葉はもう厭きるほど聞いた。彼女からだけではない。誰からも言われる、"特徴の無い"その言葉。
背もそんなに高くなければ、ガッチリとした体形でもない。容姿だってどちらかと言えば可愛いいと言われるし、男として見られなくても仕方ないのかもしれないなんて、心のどこかで思っていた事はあるけれど。


「アルミンみたいな"誠実"な人は絶対いい旦那さんになると思うよ〜、ふふっ」


ケラケラと笑う彼女の横に僕は座って「そうかな」とありきたりな言葉を返す。彼女から漂うアルコールの匂いだけで僕も酔ってしまいそうで、いつになく艶かしく映る彼女がやけに憎たらしく思えていた。
…だって、そうだろう。好きな子にただのいい奴だと思われ続け、そして完璧に男として見られてないなんて。ただの屈辱に過ぎないじゃないか。


「ほんと、もったいないと思う!アルミン何で彼女つくらないの〜?」


バシバシと叩かれる左肩がやけに痛い。…ほら、そうやって軽々しく触れてくるのだってそう。近づいてくるのだってそう。警戒心がゼロ、寧ろマイナスな証拠だ。


「…だったらさ、」


彼女は何も分かっていない。いつもある僕だけが僕じゃない。僕は"誠実"な人でもいい旦那さんでも何でもない。


「キミが、彼女になってよ」


僕は、"男"だ。


「…え?やだぁ〜アルミン何言って――!?」


左肩に乗ったままだった彼女の手を解きそのまま床に押し倒せば彼女のほんのり赤み緩んでいた顔がサッと白くなり真面目な顔に変わる。こうして彼女を上から見下ろすのはこれが初めてだったけれど、…うん、悪くない眺めだ、なんて。


「僕が好意を寄せていた事に気付いてなかったわけじゃないよね?なのにこんな夜中に酔った状態で来るなんて…どういう事か本当、分かってるの?」

「…?!」

「僕が今迄どんな気持ちだったか、分かる?好きな子がこんなに近くにこんなに無防備にいつもいる状況…もうたくさんだ」

「っ、アルミ、」


拒絶される前に、僕はその口を塞いだ。




いつも片隅に綺麗な生物が息づいていると思うなよ
(男は皆、飢えた獣だと思うべし)



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