ヴーー_


ポケットに無造作につっこんでいた携帯が震えたのを感じた瞬間即座に通話ボタンを押し、用意していたイヤホンを耳に付ける。


『――コール音も鳴らねぇうちに出るとはな。そんなに俺の声が聞きたかったのか、クローバー』


機械越しのその声がさも嬉しそうにそう言うもんだから一瞬ドキリと反応してしまったが、私はすぐに思考を元に戻し目の前の事に集中した。


「…そういう風に私を育てたのはどこの誰ですかね」

『素直になれよ。"久々の電話"じゃねぇか』


…強ち間違ってはいない。確かにその声を機械越しに聞くのは久々だと思うが、適当に「そうですね」と返しておいた。

この電話の会話に深い意味が無いことなど分かっている。そう、彼と私は恋人などでもなくただの上司と部下。諸事情により現場に出て来られない彼の代わりに私が任を遂行し、その状況を知らせるためだけの通信だ。
関わるなと言われた事件にわざわざ首を突っ込みたがる、謂わばお前の事件は俺の手柄、俺の事件は俺の手柄的な何処ぞのガキ大将と同じ思考を持っているのが私の上司、リヴァイである。


「…なかなか姿を現しませんね。本当にここであってます?」

『…忙しくてな。しかしまぁ、二三日中には顔を出すつもりではいたんだがな』

「…張り込みは我慢勝負ですよね。もう少し待ちます」

『お前に会わねぇと疲れがとれねぇんだよ、クローバー』


ちなみに私の名前はクローバーでも何でもない一文字もあっていない。先ほども言った通り関わるなと言われた事件にわざわざ首を突っ込んでいるワケであって、極秘任務遂行中のこの電話の内容がオフィスにいる他の者達に勘付かれれば終わり。だからそう、互いの会話が噛み合わなくて当然で、いちいち気にしていてはいけない…のだが。


『そういった口説き文句には慣れてねぇか?』

「……」

『だいたいお前もいい歳だろう。男の一人や二人、いねぇのかよ』


分かっている。彼が今架空の人物(または通っているスナックかホステスの女)に語りかけている事くらい。…なのにやけに会話がリアルに聞こえるのは、私が彼に対して何か特別な感情を抱いているからだろうか。


「…いませんよ。大体こんな私を貰ってくれる物好き、この世にいないでしょう?」


普段そういった会話を彼とはした事がないからか、任務中とはいえどその会話に自然と反応してしまっていた。その方が彼も電話し易いのではないかなんて考えていたかは定かでないけれど、…この電話がどこか特別なものという気が働いていたのかもしれない。


『…お前は自分を謙遜し過ぎだ。店の常連、奴らが皆お前目当てで通ってるのに気付いてねぇとでも?』

「……」

『俺だってその内の一人なんだぜ?』

「……場所を変えます。ここ、日差しが眩しくなってきたので」

『……おい、話を逸らすな』

「心配しなくても視線は逸らしてません」

『お前は本当、鈍感な上に思わせぶりな態度ばっかりしやがるから性質が悪ぃ』

「…本当、今回の犯人は性質が悪いですよね」

『あんまり調子に乗ってると殺されるぞ、クローバーよ。…最近多いんだぜ、その手の事件』

「死んだら思いっきりリヴァイさんのせいですけどね。…まぁ、こんな所で死んだりしませんけど、」


そこで暫しの沈黙が流れた。場所を移動し物陰に隠れその身体をセットしていた私にとってそれは丁度いい合間となったワケであるが、


『…なぁ、クローバーよ』


急にその声が低くなったのは気のせいだろうか。


「なんですか」

『俺が何故お前をそう呼んでいるのか、理由を知りたくはねぇか』

「…部下とトランプでもしてる最中にただ思いついただけでしょう、どうせ」

『花言葉って知ってるか?』

「…花言葉?」


しかし、その低い声が発するはまさかのメルヘンな話。うちの上司の口からそんな単語が出てくるなんて思ってもいなくて、私は事件の事よりもそっちの方に思考が持って行かれそうになって。


「リヴァイさん花に興味あったんですね。意外な発見です」

『……うるせぇよ、』

「…で、花言葉がどうし――」


しかし刹那。視界に入ってきた人影に脳が反応し、私は思わず声を止めた。


『…おい、どうした』

「来ました。ビンゴですリヴァイさん」

『…なんだと?……お前今日仕事は何時に終わる』

「…証拠を掴んだら、でしょうか?」

『それじゃ遅ぇ、18:00だ。何が何でも切り上げて俺に会いに来い』


…何て横柄なお客だこと。行けと言ったのはどこのどいつだと理不尽な上司に溜息をつきつつ、暗くなっては張り込みも無意味かと私は「分かりました」と一つ返事をした。


『…それと、一つ言っておくが』

「?」

『名を呼ばれたら、普通返事は"はい"だろ』

「…はい?」

『…今日も会ったらその名を呼んでやる。それが最後だからな』


意味が分からなかった。…いや、そもそも会話が噛み合わなくて当然なのだけれど。


『"いい返事"を期待している』


そこで、プツリと音声は途絶えた。

一体なんだったのだろうかと、しかし本気にしても仕方ないかと思いつつ思考を元に戻して張り込みを続けていたが、…妙に"花言葉"とやらが気になったので、そのまま携帯で調べる事にした。




細胞の予定死が見られます。
(推定時刻は18:00)



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