「まーたウィダーだけで済ませる気ですか?」

「今忙しいんだ、手が離せん」

忙しいってゲームにでしょう、なんて。耳にタコが出来るほど、口酸っぱくいいまくっても意味がないからもう言わないようにしている。

「ナイフとフォークで飯など食ってられるか」

「別にナイフとフォークを持てなんて言ってない」

ボクの両手はスイッチを持つためにある。そう言って刹那やかましい雄叫びをあげる男に、私は一つため息を送る。

いつからだっただろう。長谷川副隊長から、隊長の部屋の整理・お世話を頼まれるようになったのは。
鳴海君が第1部隊隊長に就任するその前からずっと、私も第1部隊には所属していた。同期ではないが、第1部隊の仲間として一緒に討伐任務にも出たことはある。だが、普段からあまり接点はなかった。鳴海君の方も私の事を同じ隊の人間の1人くらいの存在としてしか見てなかったと思う。私はどちらかというと実力が無い方だし、補助に立ち回る方が多かったから。何で第1部隊にいるのかな、今年も移動なかったな、と自分でも思っているほど、私には実力が無い。

「あああァ!!!回復回復!!回復しないとしヌ!!!」

最初こそ誰だ君は、と多少なり警戒されていたが、日に日に会話も増え、今ではためぐち交じりで話せるようにまでなってしまった。この人はほかの隊長と異なり、相手の敬意も品位も態度も何も全く気にしない。なんなら隊長呼びもやめてくれとこの前言ってきたくらいだ。流石に呼び捨てはできないので、鳴海君隊長と呼ぶようにしている。本人は大層不服そうだが。

「うるさ…スイッチくらいなら食堂に持っていけるでしょう」

「食堂に行く時間が惜しい」

この人が求めているのは結果と実力だけ。だから、実力が無い者など簡単に切り捨てると思っていた。
でも、私は毎日ここにいる。私はここに来ることでポジティブになれた。私をこの場−第1部隊に置いておくのは、お世話係として結果を出しているということ。形はどうあれ、隊長に認められているんだって思えるから。

長谷川副隊長よりもこの部屋への出入りは確実に多い。討伐に出るよりも掃除している方が多くなっているのも事実だと思う。給料としては何一つ変わっていない。…特別手当とかそろそろ申請してみようかな、なんて。

「日本を代表する隊長の食生活がそんなんでどうするんですか。身体作りの基本は食事からってよく言いません?」

でも、この前オペレータに転職したらどうだ、って言われた。片付けの効率がいいということは頭の回転が速いということだ、オペレータの方が向いているんじゃないか、なんて。ちょっと凹んだ、本当に、ちょっと。実力が無いやつは第1部隊の隊員にはいらないって、遠回しに言われている気がして。…でも、第1部隊のオペレータとしてはいいんだって、またもやポジティブに考えちゃった。

「鳴海君隊長、いつか貧血で倒れるに1票」

お世話をするようになって、鳴海君とよく接するようになって。…なんだろう、これは、母性ってやつ?この人は私がいないとダメだな、なんて思うようになってしまった。別に結婚しているわけでも、そもそも彼氏でもないのに、ヒモ男を勝手に養っている気になっているポジティブな自分がいる。

…そう、私はいつのまにか、鳴海君を、

「なら君が作ってボクに食べさせてくれれば問題ないだろ」

まさかそんな言葉が鳴海君から出るなんて思ってもいなくて、私は掃除をしていた手を止めてしまった。今までそういった茶化すような会話をしたことなどない。ゲームの話は数あれど、本当に日常的な会話しかしてこなかったのに。

「…は、い?」

相変わらず鳴海君はスイッチをしている手を止めないし、私の方を見向きもしない。
突然の非日常な会話に私もなかなか言葉が出てこない。

「…どこで料理しろと?」

鳴海君はずっとここに住んでいるらしいし、食堂を借りてまで私が料理するくらいなら食堂で飯を頼んでその場であーんしてあげればいい。いや、なぜあーんしなければならない。自分で食べろ?

「君の家へ招待されてやろう」

ダメか?なんて。ふいにこっちを向くもんだから、私は慌てて掃除を再開した。煩く鳴る心臓の音を聞かれないように、ゴミ袋をわざとガサガサと動かした。


===


夕刻。私はいつもより早く帰路につき、スーパーへ寄って食材を買い込んだ。いつもの買い物と違って、心が躍っていた。もしかしたら無意識にスキップしていたかもしれない。
あの後の会話はあまり記憶にない。突然の展開すぎて、掃除も少し疎かになっていたかもしれない。それくらい、動揺している自分がいた。
鳴海君が部屋に来る。しかも、私の手料理を食べに。部屋にくるだけでなく、手料理まで。ドキドキが止まらないとはまさにこういうことかと、にやけて頬が垂れるのを止められない。

簡単に部屋も掃除、見られてはいけなさそうなものも仕舞い込み、入念にファブリーズも振った。滅多につけないエプロンをして、仕込みを開始する。約束の時間は18時。まだ1時間ある。

ピンポーン

しかし、予期せぬタイミングでチャイムが鳴った。荷物?まさか鳴海君?そんなわけない、こんなに早く、

「きたぞ」

「早くないですか」

「時間を守るか守らないかはボクの自由だ」

出た。アイアムフリーダム発言。この人はいつもそうやって自分の行動を正当化する。
まったく出来てませんよ、と言うとゲームして待ってるからいい、と言ってズカズカとあがってきた。…手伝う気ゼロか。まあそもそもの約束が“ご飯を食べさせる”だから仕方ない。それに一応我が隊の隊長だし。と取って付け加えたように納得させる。

鳴海君は部屋を詮索することなく、ソファに座ってゲームを始めた。とりあえずお茶だけ出す。大人しく待っていてくださいといえば「へーい」と短く返事が返ってきた。

トントントン、規則正しい包丁の音と、ジュウジュウと肉の焼ける音。そして時折ソファから呟かれる独り言、歓喜の声、叫び声が響く部屋。
そんなに早く来るとは思っていなくて、待たせるのは悪いと、雑談はせずに黙々と手だけを動かす。時折鳴海君に目を向けるも、彼はずっとスイッチとにらめっこ。ひと段落つくとお茶に手を伸ばし、体制を変えたりして、まったりと、そう、自分の部屋にいるかのようにくつろいでいる。…ここに来るの初めてですよね、あなた。

「……」

…でも、なんだろう、初めてなのに、初めてじゃない感じ。いつも鳴海君の部屋を掃除しているからだろうか。自分の部屋で2人きりになっても、意外と何にも思わない自分がいることに驚く。あんなにウキウキだったのに。なんだろう、なんか、

「…あの、思ったこと言ってもいいですか」

「なんだ」

「なんか、夫婦って、こういうのが日常なのかなって」

淡々と料理をする女と、それを待つだらしのない男。特に会話も無いが、特に気まずくもない。
好意を寄せている人が部屋にきた、ドキドキするだろう、普通。付き合いたての頃だってそう、初めて相手の部屋に上がって、ぎこちなく接したりして。初期はそのドキドキが楽しかったりして。
…でも、なんだろう、それが無い。まるで数年連れ添った仲のような感じ。私本当にこの人のこと好いてる?って今更ながら疑問が湧いてくるほどに。

鳴海君の手が一瞬止まった気がしたけれど、特に何の返事も無い。まあ、返事するもしないも彼の自由だからいいのだが、…しかし、内容が内容だけに、少し気まずくなった私は、独り言のように会話を続けた。

「でも、彼氏や旦那ならまだしも、子供が出来て、父親になった人がずっとそんなんだったら私刺しちゃうかも」

「……ボクだってやるときはやる」

「そう言うんですよ、みーんな。最初だけ、くーちーだーけ!」

「……」

「仕事はするくせに育児はしない。私の友達みんな愚痴ってますよ。男選びには気を付けろって毎回言われてる」

はは。と笑って、さっきからなんの話をしているんだろう、と思ってしまった。そもそも私たち夫婦でもなければ恋人同士でもなんでもない。一隊長と一隊員だ。…なんでそんなこと口走っちゃったんだろう、と会話の続きを始めてしまった自分に後悔した。

「できた!!!食べましょう!!!」

無駄に大きい声を出し、雰囲気を変える。料理が出来たのは本当だし、料理の話で盛り上がれば、先の会話の内容なんて記憶の隅に追いやられてしまうだろう。それでいい。それでいいよ。鳴海君だってただの世間話としか思っていないだろうし。そう、いつものたわいもない日常の会話のひとつ。
はあお腹すいた、ととぼけた様に呟きながら、料理を鳴海君の前、テーブルの上へと運ぶ。料理が目の前に来ても鳴海君はゲームの格好をやめない。

「あああァ!!!待て待て待てそれは無理だァ!!!!」

「…あの、出来たって言ったよね?」

前言撤回。夫婦じゃない。これじゃ子と母親だ。ごはんできたって言ってるでしょ!と1階から2階へ向かって叫ぶ親を想像してしまった。…まったく、長谷川さんがいつも苦労するわけ、

「……試すか?」

…なんて、呆れたように目を向けた時。先程の勢いある声とは打って変わってポツリと放たれたそれ。
ソファに仰向けで寝転んでいる顔はスイッチで隠れてちょうど見えない。

「…試す?何を?」

「ボクが育児をするかしないか」

…どうやって。いきなり何を言いだすんだと。そしてなぜその話を掘り返すのだと。第一あなた結婚もしていないし子供もいないではないかと。至極現実的なことを思っては、そういうことを鳴海君も考えたりするんだな、とその時は素直にそう思ってしまって。

「実際何年もかかるかもしれない。…でも、絶対にその結果と実力を見せてやる」

3分の1ほどまで中身が減っていたコップに、2ℓペットボトルからお茶を注ぐ。その時私は第1部隊にいるかなあ、なんて無意識に呟いていた。だって実力ないし。言われたとおりオペレータに転職しているかも、なんて、

「何言ってんだ?君と一緒に育児するんだから第1部隊にいて当たり前だろ」

「……え?」

「…でもまァ隊員は流石に無理か。産休や育休中はオペレーターの方がああァーーー!!コイツ!!今そこでそんな攻撃をしたら!!!」

いや、なにそれ。…え。どういうこと?

「……」

ペットボトルの蓋を閉めながらずっと鳴海君の表情を見ようとしているのに、相変わらず隠れていて見えない。…いや、わざと隠している?見えないようにしているのかこの人?
ドキドキドキ。今更ながら心臓が機能し始める。先程の意味をゆっくりと嚙み砕いてみるも、スーパーポジティブな私の行きつく答えは一つしかない。

「…今の、プロポーズですか?」

「…」

「…鳴海君隊長?」

「はい、あーん」

…自分で言うんだ。私の思い切った発言など無視して、口を開ける鳴海君。相変わらず目線はスイッチ。でも、いつもより頬が赤い気もする。相変わらず目元は前髪のせいで見えないけれど。

ふ、と笑って、私はスプーンで小さく切ったハンバーグを大きく口を開けてまつ雛鳥のような鳴海君の口へ放り込んだ。

「んま」


ご馳走様はナツメグの味
(職(食)なんて何でもいい、君がいればそれでいい)



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