「――で、最後にここが船長室な」

「は、はい」


クルー達への挨拶を終えて、ライはペンギンに船内を案内してもらった。
思っていた以上に広い船内。初めて見た彼らの船の実態。そっちの方に興味が向きすぎて、実際ペンギンに説明してもらった半分も頭には入っていないかもしれない。


「…広いですね」

「そうか?船なんてこんなもんさ」

「迷子になりそうです」

「ははっ、そうだな。……俺も最初の頃なった事がある」


さらりとそう言った彼の横顔に目を向ける。この世界のペンギンに触れてから、彼は真面目でしっかり者というイメージがついていた。落ち着いた感じで少し大人びているような…そんなペンギンがこの船で迷子だなんて、意外なギャップにライはキョトンとしてしまう。


「?…どうした?」

「……ペンギンさんって、しっかりしてるイメージついてたんで」


その彼女の発言に、今更ながら彼女が自分を知っていたという事をペンギンは思い出す。…不思議な感覚だった。初めて会ったのに彼女は自分を知っていて、けれど自分は彼女の事を何も知らない。


「……正直俺の事、どこまで知っているんだ?」

「…………ペンギンさんやシャチさんは、名前くらいです。本当は顔も見たことなくて、」


他のクルーに至っては皆無。ベポについても知っているのはメスのクマが好きな事くらいだ。そう言うと、ペンギンは一つ笑ってくれた。


「船長さんがメインで出てくるので、実際ハートの海賊団についてはあんまり、」

「……そうか。俺達は脇役ってワケだ」

「え?…っでも皆さんすごい人気者ですよ?」

「海賊がか?」

「海賊でも、一応コミックですから。面白い話なので、すごく人気で――」


話し始めて刹那、ライはどこか違和感を感じた。

こんなこと話して、一体どうなるのだろうかと、ふと思う。実際生きている人達にあなたは二次元の人なんですと改めて言う必要はあるのだろうか。今迄この世界を一つの世界として生きてきた人たちが、それを聞いて嫌な気分にならないわけがないのではないか、と。
それに、実際の世界では何一つとして面白い事なんてないだろう。殺戮と残虐の海賊世界にコミカルな部分なんて本当は存在するはずがないのだ。…そう思うとそんな事を言うのが何だか理不尽な気がしてきて、ライが発していた言の葉の語尾は次第にボリュームを無くし、その口は自然と閉ざされていった。


「……どうした?」

「…………いえ、何でもないです」


実際気分を害したのは自分だったのかもしれない。そろそろ戻らないかとペンギンに提案し、ライはその話をあからさまに逸らした。


「そうだな。……じゃあライ、自力で戻ってみようか」

「…………え?」


またまたキョトン顏をペンギンに向けると、ペンギンがお先にどうぞと手でライを誘導する。ライは一旦周りを見渡したが、…もうすでに右左どちらから来たか忘れてしまっている事実にあたふたした。


「むっ、無理です!またペンギンさん迷子になっちゃいます!」

「……いや、俺はもうならないけどな」


目深に被った帽子の下でクスリと一つ笑って、ペンギンはまたゆっくりと歩き出した。


「……――」


ライはほんの数秒止まって、その背中をまじまじと見つめた。
彼の背中から醸し出される空気がとても穏やかだと感じたのも、彼が笑うと自身の心が安心したように熱を持つことも。きっとそれは畏怖から垣間見えた光の眩しさと同じ現象であると、ライはそう思っていた。

彼らと接すれば接するほど確実に心から消えていく彼らやこの世界への"隔たり"。…それを感じ取りながら、ライもゆっくりとその足を進めた。



***



「――お、ライ、船内の事はバッチリか?」


ペンギンと甲板に戻る途中で、声をかけてきたのはシャチ。結局どこに何があるのかほとんど把握出来なかった…とはせっかく案内してくれたペンギンの前では死んでも言えず、ライは適当に言葉を濁して返していた。


「まぁライは暫く迷子になるだろうけどな!」

「……人の事言えねえだろーが、お前」

「うっ、うるせぇよ!広すぎるんだよ!この船!!」


なぁライ!なんて乗ったばかりの自分に同意を求めてくるシャチ。彼は想像していた通り、明るく気さくな人のようだとライは思った。


「お前もう何年乗ってんだよ」

「オレは方向音痴なんだ!」

「堂々と言うな!」


…それからも続けられる二人のやりとりに、何だか漫才みたいだな、なんて。なんだか可笑しくて、それに楽しい人たちだと理解してかライが自然と笑みを零すと、2人はピタッと漫才を止め一斉に顔を自分に向けてきて、


「…なんだよライ、笑えるじゃねえか!」

「……、え?」


シャチのその言葉に、そう言われてみれば自分はこっちの世界に来てから泣いてばかりだったな、と振り返る。笑う余裕なんてなかったのも事実だが…そんな自分は珍しいなと自身で思わされる。

現世では真逆だった。笑っていない時なんかなかったのではと思うくらい、今思えば自分は笑っていた気がした。…自分がそんなに笑顔でいれたのは、きっと日常が楽しかったからだ。
しかしそれを思い出して、ふと暗い影が脳裏を過ぎる。自分がここにいるということは現世に自分はいない。行って来ますなんていう暇もなく…というか無かったから、自分は神隠し状態になっているというその事実に覚える当惑。

みんな、どうしているのだろうか。心配しているだろうか。必死で探していたりしないだろうか――


「お前、笑ってる方が可愛いぜ?」

「!」

「なぁペンギン?」

「……あ、あぁ――」


サラッと言うシャチに少し小恥ずかしくなってライは視線を逸らす。


「お?照れてんのか?」

「…べ、別に照れてなんか…!」

「ははっ、かわいーなお前!ほら、行くぞミニベポ!」


そう言ってシャチはベポフードをバサリと自分に被せ、楽しそうに去って行った。…からかわれてる。確実にからかわれているぞ、自分。
けれども他の仲間となんの隔てなく接してくれるシャチに嬉しさを感じるのも、否定は出来なくて。


「……あいつは向こうでもあんな感じか?」

「え?……そうですかね」

「向こうでは少しくらいマシであって欲しかったな」


行こうか。そう言ってまた笑って、ペンギンはシャチの後を追っていった。


「……」


きっとそこは笑うべきところだった。…けれどもライは、上手く笑う事が出来なかった。

先ほど脳裏を過った事柄が、頭を巣食って離れなかった。



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