#3



海底から迫り来る黒の正体に、ペンギンはどこか見覚えがあった。――そう、それはあの時、ライが悪魔の実を食べ、その身を海へ放り込んだ時。


「――全員無事か!?」


…ただ、異なったのは、姿を現した生物がホエルやキラーウェルといった哺乳類ではなく、その何百倍もの大きさの海王類であったということ。

しかしそれらは海面に現れて即、何事もなかったかのように水底へと静かに帰っていった。何故急にそれらが現れたのかは不明だが、一つだけ、あの時と共通点があるのではないかとペンギンは思う。――ライに身の危険が迫っていた。これだけの理由。だが、立証するには十分すぎる理由だった。


「――重傷者を全員オペ室へ運べ!」


クルー全員を船内に戻し、即座に潜水。幸いクルー内で死者は出なかったが、ドフラミンゴに直接手を下されたセイウチ、シャチが重傷を負い、元から負傷していたアシカも再びオペを必要とするまでに至っている。

――派手にやられた。これが日常の、たかが海賊一派との攻戦だったならば。そう言って互いを労ったのだろうか。
想像だにしていなかった奇襲に、何もする事が出来なかったと後悔しか浮かんでこない。相手の気迫に押され、能力に踊らされ。まさかライを人質に取られ、連れ去られてしまうなんて。


――お父さん!!!!


彼女の泣き顔と声が、未だに離れない。父親の瀕死を目の当たりにし、仲間が負傷するのを目の当たりにし、絶大な傷心を抱えたまま。精神的にも、肉体的にもボロボロであろう彼女は今、果たして無事だろうかと、そのことばかりが脳内を巡り、巡りきらないままにループしている。


「――元気でな」


だから、あの時。引き止めていれば、こんなことにならなかったのだろうか。行くなって、その手を取って、抱きしめて離さなければよかったのだろうか。
ずっとそんなことばかり考えていた。後悔ばかりを思い、独り嘆いていた。

――彼女からもらった、紙包みの中身を、見るまでは




「――船長、」


全てが落ち着きを取り戻した、約半日後。オペを終え、部屋に篭ったローをペンギンは尋ねていた。

きっと、彼もそう、自責の念に囚われているが為に、航路の指示も出さず一人きりになりたかったのだろうと思われる。船長の抱えてきたアンタゴニズムをペンギンは知ってはいるものの、まさかそれに追い討ちをかける形でこのような事態に陥ってしまい、皮肉にも"数奇な運命"だと怨敵の放った言葉がピタリと当てはまってしまった事、嫌と言うほど彼も感じ取っているのだろう。


「……なんだ」


ソファにだらりと。真面目に本を読む船長の姿はそこにはない。オペで疲れたのか、後悔に苛まれているのか、はたまたその両方か。


「……一人にしてくれねェか」


冷静になって、考えてみれば。手配書を回した当の本人が、指輪とライの持っているであろう情報を自ら奪いに来たということは、直接それらがカイドウの元へ運ばれてしまってもおかしくはないということになる。根本的に奴等がどこまで把握しているのかは分からないものの、黒幕の元までそれらが行ってしまうことはどうにかして避けなければならない問題であったことは、最初から全員が了知していた。


「…そうしたいのは山々だが、」


ただ、そうなっても、条件が"ONLY ALIVE"であることだけが、唯一の救いだと思っていた。そう簡単に彼女が殺されることはない。ドフラミンゴに連れ去られようとも、手配書がまだ生きるのであれば。指輪の真実が、それらの手に落ちなければ。ただ単に、彼等の狙いが指輪だけであるならば。


「…?」


――だが、事はそうも言っていられない事態へと、神速する。


「これを見てくれ」


ペンギンがポケットへと手を突っ込み、ジャラリと小さく音を立てた、何か。掲げられユラユラと揺れ光に反射するそれはローも良く見知った、彼女の身体の一部であったもの。


「……どういうことだ」


それは、ライが身につけていた筈の。
――シルバーのネックレスと、小さなピンクゴールドの指輪だった。



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