「――ペンギン、あれ見ろ」
「?」
シャチがそう言う時大概はろくでもなくしょうもない事だと自負しているペンギンは、期待もせずに窓越しにその方を見やった。
「写真に収めてーな、あれ!」
面白いな、と言いいながら両手でカメラを擬態してそれを眺めるシャチのその先には、オレンジの巨体の横にその半分にも満たない小柄な体が並んでいた。同じ格好をしたそれは、後ろから見れば仲の良い兄妹のように見えなくもない。
…確かにあれは面白い。というより、貴重な光景だと思った。まさかこの船にあのシロクマと同じ格好をした奴が現れるなんて、一体誰が想像していただろう。
「洗濯中か。…オレも行ってくる!」
「っおい、シャチ!」
こっちも仕事中だろと思いつつも、ペンギンは一つシャチに向け溜息を吐きながらそれを追った。
***
「――よ、きばってるか?」
「!シャチさん、」
「シャチ!シャチも手伝って!」
「嫌だね!オレはこの面白い光景を拝みに来たんだよ」
そう言ってシャチはまたライにそのフードを被せてきた。そうして閉ざされた視界が邪魔で、けれども手は泡だらけの為顔を上げてそれを払おうと何度も試すも一向に晴れない視界。その動作にシャチが楽しそうな声を上げているのを聞けば、何だかシャチに遊ばれている感はいなめない。
「…イジメるな、馬鹿」
その声が聞こえ刹那、開けた視界。驚いて振り返るとそこにはペンギンが立っていた。
「そういやライってさ、年いくつなんだ?」
「……24です。今年で25になります」
そう言ってシャチに顔を向けると、彼はキョトンとした顔を返してくる。…あれ、何かおかしなこと言ったか。そう思ってまたペンギンを振り返ると、全容は見えないけれども彼も驚いた顔をしているようで。
「…本当に24か?」
「え?…本当です」
「まじかよ!?オレてっきり年下だと、」
「……そうだな」
「え?お2人はいくつなんですか?」
「オレまだ21だぜ!」
「…俺は23だ。…今年で24になる」
まさかの2人とも年下。…えらいこっちゃ。てっきり自分こそ彼らは年上とばかり思っていた。
「なんだよーオレてっきり20くらいだと思ってたのによー」
「…それ言い過ぎですよ」
「お前かなりの童顔な!」
「……それはよく言われます」
「やっとオレより格下がやってきたと思ったのになあ、」
「ドンマイだね、シャチ」
「……ライ、こいつに敬語は必要ないぞ。存分にこき使ってやれ」
「はっ!!いや、ちょっと待て――」
こんなことなら年誤魔化せばよかった。と本気で嘆くシャチが何だか可愛いくて、ライは一つクスリと笑う。
「俺にも敬語は必要ないからな」
「…え、でも――」
「おい待てライ!オレは良くてペンギンには躊躇うってどういうことだよ!?」
「…あ、いや、……なんとなく」
「ひっでぇ!」
「おれでもなんとなくわかるなー」
「黙れシロクマ!!」
「スイマセン…」
言い合い(既にシロクマの心は折れているが)を始めてしまったベポとシャチ。きっとこの2人もいいコンビなのだろう。何だかんだで楽しそうなそれを眺めれば、自然とライの顔には笑みが零れていた。
「……――」
そんなライの横顔を、ペンギンは黙って見つめていた。
出会った時から自分達に泣き顔しか見せてこなかったライ。そんな彼女の笑顔は、ペンギンを快然たる気持ちにさせるのに十分だった。シャチの言う通り彼女には笑顔が相応しい。泣き顔なんて、彼女には似つかわしくない。
ペンギンはそんな事を思いながら、その笑顔につられるようにほくそ笑んだ。
***
洗濯を終え雑談を交わしていると、いつの間にか太陽の光は色濃い赤へと変わっていた。ツナギの白も自身のオレンジをもその色に染め上げて行く太陽。それはライがいつも見てきたそれとなんら変わりなかったが、海の上からそれを拝んだことのなかったライは、その壮大な光景に見とれてしまっていた。
「……すごいキレイ」
「船の上から見る夕日は格別だな」
「心洗われるって感じするよな!」
「シャチの心の中には何もないけどな」
「何だと!?」
「スイマセン…」
「…ははっ」
「笑うなよライ!」
会話をする中で徐々にではあるが、ライは彼らに心を開いていった。彼らが年下だとわかって、あまり気兼ねする事が無くなったからもしれない。
ムードメーカーなシャチ。冷静にツッコミを入れるペンギン。少し天然なベポ。今まで心にあった慕情さえ吹き飛ばしてしまうくらいに、彼らといると心が和んだ。
「あー腹減ったな!そろそろメシだろ?」
「……そういやライ、何も食べてないんじゃないのか?」
「…あ、確かに」
「まじかよ!?よく平気だなお前!」
「早く行こうライ!死んじゃう!今日はお腹いっぱい食べるんだぞ!!」
「…うん!」
「っし行くぞミニベポ!」
「アイアイ!」
「っお前じゃねえよベポ!!」
「え?」
楽しそうに駆けていく三人の背を、ペンギンはまるで子を見守る父親のように見つめる。
はたから見ればライはなんて事ない普通の女の子だと思う。…他世界から来たなんて、言われなければ誰も気付かないだろう。
それを思えば、やっぱり信じられない気もした。彼女が自分達とは異なる人種であること。それが決定的に、彼女と自分達の越えられない壁になっているということ。
…そう考えれば、何故かざわつく自身の心。
「……、」
それは今まで感じたことの無い、不思議な感覚だった。