「「「いっただきまーす!!」」」

「…………」


自身の目の前で飢えたハイエナのように食べ物に食らい付く男たちの光景を、ここは男子寮かというツッコミを静かに心の中でかましながら眺める。
そんな目の前のむさくるしさとは打って変わって両隣のこの船の長とその右腕が食す姿はものすごく上品。…この2人がこのクルー達のトップに立つのも何だか頷ける気がした。


「……そういやお前点滴しか体に入れてねェんじゃねェのか?」

「え?…あ、そうです」

「食わねェと餓死するぞ。ただでさえお前ガリガリなんだからよ」

「…そんな事な――」

「ほら食え」

「っんむ――!?」


そう言ってローは無理矢理ライの口に何かを突っ込んでくる。刹那口の中に広がるその味は、恐らく唐揚げ。ジューシーなそれはすごく美味で、何も入れていなかった自身の胃袋が喜びをあげるかのように活動し出すのを感じたが。


「ほら早く食えよ」

「んん!?」


それからもローは野菜やら肉やらをライの口に放りこんでくる。…待て待て待て待て。何故この人は次から次へと自分の口へ食べ物を運んでくるのだ。前言撤回。どこが上品だ。この人はどエスか。これは何かの洗礼か。自分は何かを試されているのか。


「〜〜〜!」


口の中がパニックになり自身もパニックになりそうだったので、ライはローにジェスチャーでもう無理ですと必死にアピールする。


「……船長、ライで遊ばないで下さい」

「…(モグモグモグモグ)…」

「ククッ、面白ェなお前」


ため息混じりに言ったペンギンに、ローはニヤリと笑みを返すのみ。その笑みさえも何だか恐ろしく、ライはそれを見て見ぬ振りした。…やっぱりこの人怖い。怖いっす。


「……あぁ、そうだライ」

「…(モグモグ)…っ?」

「……お前今日から俺の部屋で寝泊まりだからな」

「…………っえ?」


口の中のパニックがようやく収まったと思ったのに、右サイドからやってきた思いも寄らないパニック。


「……何で、ですか…!?」

「この船で鍵のかかる部屋は俺の部屋だけだからな」

「…っ、でも、!」

「何だ?じゃあそこらの空き部屋で寝て夜這いされてもしらねェからな?」

「…………」


そんなことは微塵も望んでいない。望んでいないけれど、だからっていきなりこんな展開になるなんてえらいこっちゃである。


「…ほら、だから食えっつの」

「っむ!」


そうしてまた突っ込まれた何か。けれども今のライには、それの味を確かめている余裕などなかった。



***



「…………」

「…………おい、」

「…………」

「…………何でそんな隅っこにいんだよ」


何故かって?そりゃこの部屋に自分の居場所がないからであって、その上貴方が怖いからです。…なんて言えるはずもなく、ライは部屋の隅にある大きなソファのそれまた隅っこで体育座りをして縮こまっていた。

あの後、自身が手につけた料理は殆ど喉を通らなかった。ローと一緒の部屋で寝る。ローと一緒の部屋で寝る。ローと一緒の部屋で寝る。…思考を埋め尽くすその言葉で、満腹中枢はどうやら満たされてしまったらしい。


「こっちにこい」


ああ、どうしてこんなことに。まさかこんなことになるなんて。…嬉しいやら悲しいやら、どちらとも似つかない感情がライの中で渦巻いていた。
確かに彼に好意を持ってはいたが、それはあの漫画の中の世界の彼であって今目の前にいる恐怖が代名詞の彼ではない。いや、同じ人物である事は間違いないのだが未だにそうとは思えないのが正直なところ。だからそんな彼と密室で2人きりになるなんて、それこそ自分で自分を恐怖の淵に追い込むようなもの。まだあの冷たい牢で1人で過ごす方が幾分マシかもしれないなんて死んでも口にはできないけれど。


「……ここでいいです」

「あ?」

「…いや、だから――」

「却下だ」

「…………」


バッチリ聞こえてるんじゃないですか。どうしてそんなにSっ気発揮するんですか。そしてどうしてそんなに一緒に寝たがるんですか。
そうして辿り着く思考は、今朝方目の前人物が発したあの言葉。…もしかして、これから自分夜の雑用をさせられるのではないのかと。
いやいやいやいや、待て待て待て待て。待て待て待て待て。そんな心の準備出来ていない。いや、そもそもそんな事――


「別にとって食うわけじゃねェだろーが」

「…………ほ、ホントですか?」

「なんだ?襲って欲しかったのか?」

「!だっ、誰もそんな事――」

「バーカ。誰がお前みたいな貧乳襲うか」


ズキン。またもや心に突き刺さる彼の言葉。もうこれは言葉の暴力と言っても過言ではない。暴力反対。自分はそういうM気質持ち合わせていない。と、いうより自分は別に貧乳じゃない。脱いだらすごいんだぞ。…なんて反論は勿論出来ないのだが。


「そこで寝てまた熱でも出してみろ。俺はもう看病しねェからな」

「……布団、」

「貸さねェ」

「……」


…もうどう足掻いても無駄のようだ。この人には敵わない。やっぱり怖い。この人、怖いっす。しぶしぶライは立ち上がり、その大きなベットにちょこんと乗っかった。


「犬かお前は」


そうしてワシャワシャと無作為に撫でられる髪。少し雑なそれに、それでもどこか優しさを感じた。…いや、気のせいかもしれない。


「早く寝ろ"病み上がり"」

「……寝ないんですか?」

「寝る前には本を読むって決めてんだ。読んだら寝る」

「…そうなんですか、」


きっと本に夢中になって結局夜遅くまで起きているのだろう。目の下の隈はそうして出来ているに違いないと、そんな事を思いながらライはゴソゴソと遠慮がちに布団の中へ潜り込んだ。


「…………おやすみなさい」

「……あァ、」


オペ室のものとは比べものにならないほどフカフカなそれはとても寝心地が良かった。やはり船長は豪華である。ベポは雑魚寝をしているのだろうか…なんて考えてごとをしながら、ライはチラリとローを盗み見た。


「……」


黙っていれば男前とはまさに彼のことを言うのだろう。帽子を脱いだその様はどこか新鮮で、真剣に本を読みふけるその横顔は男であるのにとてもキレイだと思う。


「……早く寝ねェと、本当に襲うぞ」

「!」


ば、ばれていた。彼は一度もこちらに視線を向けてはいないのに…さすがは船長というべきか。
本当に襲われても困るので、ライはそそくさと布団の中へと潜り込んで姿を消した。

そんな彼女の行動を一つ笑って、ローはまた本の中へと視線を落とした。



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