06



「――……?」


息苦しさというよりは体全体に何かがのしかかってるような感覚に、ライはゆっくりとその目を開けた。
何故かやたら体が熱い気がして、纏わり付くような熱の正体を確認しようとその体を起こそうとした。…のだが。


「…………?」


体が動かない。…何故だ。まさかこれがいわゆる金縛りってやつか。などと思ってすぐに感じるは腹部の違和感。そうして視線を落とせば、纏わり付くような熱の正体が背後から伸びる一本の刺青だらけの腕で、そんな腕の持ち主はこの船に1人しか居ない事を思えば、その事実に気付くのにそれほど時間はかからなかった。


「っ、なっ、?!」


寝起きの悪い自分も、流石にこれにはすぐさま目が覚めた。騒ぎ出す心臓がまた体の熱を上げていく。
ちょっと待ってくれ、何故、何故彼がここにいる。…いや、ここは彼のベッドなわけであるから、それはよしとしておこう。何故彼が自分の腰に手を回しているのか。何故彼は自分を抱き枕にして寝ているのか。そして何故、その腕の力が弱まらないのか。


「…………動くんじゃねェ」

「!!」


今までに聞いた中で最高に低い声だった。…こ、怖い。これは逆らえない。いや、そもそも動けないから困っているんだけれども。


「…………」

「…………」


そして何故か続いた無言の間。変な空気に気まずさを感じるも、どうする事も出来ずライはしばし固まっていた。
確かに彼の寝起きは悪そうだと思っていたが、まさかここまで悪いとは思いも寄らない。自分よりもタチが悪い寝起きに目の下の隈はこれをも語っているようだが、今はそんなことどうでもいい。


「……あ、あの」

「…………なんだ」


問えば返ってくる返事に起きてるんじゃないかというツッコミは置いといて。緩むことなく逆に力のこもっていく腕に、比例するように熱くなる体と恥ずかしさを増す思考。いくら彼が恐怖の代名詞とはいえ、男の人に後ろから抱きしめられているという感覚に普通でいられるはずがあるだろうか、いいやあるまい。


「……起きたいんです、けど」

「…………却下」


どうしてその答えが返ってくるのかサッパリ分からない。自分がここに居なければいけない理由は見当たらない。だってそうだろう、昨日の今日、初めて顔を合わせた女をその腕に閉じ込めて置かなければならない理由なんてこれっぽっちもないはずで。


「……御手洗い、行きたいです」

「…………」

「……いや、行かせて下さいよ!」

「……イかせろだって?」


どこに反応してるんだこの人は。ライは思わず盛大な嘆声を漏らした。朝っぱらから元気なこった。…って違う。そんなところに感心している場合ではない。


「……ここでしていいんですか?」

「ここは俺のベッドで俺の部屋だぞ。どんなに啼いたって、」

「っそっちとちゃいますよ!なんで全部そっちに持ってくんですか!!」


思わず声を荒げて突っ込んでしまった。そんな自分に驚いたのか頑丈に閉ざされていた腕は一気に開かれ、チャンスとばかりにライはスルリとそこから抜け出し、ローを振り返る事なく寝室を出た。


「…………へェ」


小走りに駆けて行くその後ろ姿を布団の中から見つめながら、ローが楽しそうにその口角を上げていた事。ライは知る由も無かった。



***



「――よっ、ライ!」

「……あ、おはようシャチ」


ライが洗面所で顔を洗っているとそこにやってきたのはシャチだった。あの船長とはまるで違い朝からテンションの高い彼に、こうも違うものかと多少気抜けする。


「どうだった?船長との夜は?」

「……は?」


この男も朝っぱらから何を言い出すのだと驚いた顔を向けると、シャチは自分の表情を真似るかのように同じ顔を向けてきて、


「…え?抱かれてねぇの!?」


と素っ頓狂な声を上げる。
…寧ろこっちが聞きたい。何故あたかもそれが当たり前だというように言ってくるのかを。

朝っぱらから何でこんな会話をしなければならないんだ…というよりこの船に乗って間もない自分にそんな突っ込んだ質問をするなんて、フレンドリーにも程があり過ぎやしないだろうかと一つ大きく溜息を吐く。
そうして抱かれてなどいないとシャチに返せば、不服そうな顔を向けられてしまう始末。…そんなに船長に抱かれて欲しかったのだろうか。自分はそんな事微塵も望んでいなかったのだけれど。


「…………お前実は男じゃねえよな?」


そうして考え込んでいたシャチが出した答えに、ズルリと音がしそうなくらいに心が滑る。どうしたらそこに辿りつくのかは同じ思考を持ちたくはない為考えたくもない。


「……列記とした女だよ、ウチは」

「船長が連れ込んだ女抱かねえなんて、聞いた事ねえよ」

「…………あ、そう」

「…お前、女として魅力ないんじゃね?」

「……ハッキリ言うね」

「可愛いのにな、お前。…でも残念だったな、抱かれたい男No.1に抱かれないなんて」

「…そのランキング、どこの情報?」

「船長あんまり選り好みしないタイプなんだけどなー」

「……」

「つーか抱かないならオレらに回してくれてもよくね?」


…いや、それはウチに聞くなよ。ライは呆れ返った表情をシャチに向けた。

しかし会話の流れ的に、"そういった事"がこの船ではよく行われているのかと、ふと思わされる。確かに男だらけの所帯、全くないという方がしっくりこないのかもしれない。
自分がその対象にされなくて良かったと簡単に言えるのは、きっと自分が他世界から来た未知の女だからというのもある気がするが、…確かに女に見られない事が多々あるのも事実。女の子らしいというよりは、どちらかというと男勝りでキャピキャピはしていないタイプなのは自負しているつもりだが…あからさまに言われるのもなんだか腑に落ちない。


「ま!ガッカリすんなよ!」


ポンっと軽快に肩に乗ったシャチの手。…いや、してねえし。というツッコミを返す前に、シャチはそそくさと洗面所を後にしてしまっていた。



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