「――船長」
…それは、ペンギンとローが今後の航路を相談中の時の事。
「ライ、抱いてないんですってね」
「…は?」
「…………」
…朝っぱらからいきなり何を聞き出すんだコイツは。とペンギンは突然現れたシャチに呆れた目を向け、次に拍子抜けした声のローにも目を向けた。
「珍しくないっすか?何かあったんすか?」
そうまでしてシャチが問い詰める理由。少なからずそれを察したペンギンは、船長がライには夜の雑用をさせないと提言し、さらに彼女に馬鹿高い値打ちをつけクルー達から遠ざけた時の事を思い出していた。
正直、ペンギンにはその時のローの言動が信じられなかった。彼は女に固執しない。一度抱いた女はすぐに切り捨てるような男で、特定の女を連れて歩いている所なんてペンギンでさえも見た事がない。そんな彼が船に乗せる女をクルー達は御下がりとして貰うのをいつも楽しみにしているくらいだったから、今回あのブーイングが起こったのが自然な成り行きだったと言っても過言ではない。
…そうしてまで船長がライを特別扱いする理由。それは彼女が異世界から来た女であるからだと思い切っていた。独占しようとしているのでは、ない。彼はそんな人ではない。自分が知ってる船長は、そんな人ではないんだと。
「……お前な、よく考えろ――」
うちの優秀な武道家であるシロクマと同じ格好をした女を抱けるわけない。ローは吐き捨てるようにそう言った。
「……た、確かにそっすね」
それを想像したのか口元を押さえるシャチにペンギンは若干引き気味な眼差しを送ると、ログポースに視線を落とす。
「ありゃある意味男除けな格好っすね」
「…つーかアイツいつまであの格好でいる気だ?」
「いや、服なんて持ってないでしょ。見つけた時点であの格好っすよ?」
「……それもそうか――」
サラリと流れていくその会話を、ペンギンはただ黙って聞いていた。
心のどこかで船長がライを抱いていないという事実に、安心してる自分がいることに気づく。…それは船長が自分の知っている船長であってくれたという敬慕の念からか。船長が彼女に興味を持っていないという安泰の念からか。
「……」
それは、ペンギン自身もわからなかった。
***
「――…島...ですか?」
「あぁ」
朝ご飯にも血気盛んな様を見せるクルー達を眺めながら、朝食をとっていた時。そろそろ次の島に到着すると、ローから告げられた。
「お前もいつまでもそんな格好じゃ生活しにくいだろ」
顎で自分を指すローの仕草につられライは視線を下げた。そういや自分は一体この服を何日間着続けているのかと、言われてからまたもや気付く。そろそろ不潔感漂ってもおかしくはない状況を打破するその提案は自分を気遣ってくれているものだと思いローに謝意を示そうとしたが、その後でローはいい加減目障りだとアッサリ自分を突き放してくれた。…あなたはツンデレですか。
「…でも、お金...」
「体で払えばそれでいい」
「っ?!」
ライは飲もうとしていた牛乳を吹き出しそうになった。…この人こんなところでもそういう事言うのか。クルーの前だぞ。恥を知れ恥を。
「……船長、」
「冗談だ。…お前はもう仲間なんだ。金なんか気にすんな」
冗談に早々聞こえないシビアなそれに慣れるのにはまだまだ時間がかかりそうだと思いつつも、一つお礼を述べてようやく牛乳を身体に流し込む。
「買い物には…そうだな、俺とベポが付き合ってやる」
「!」
「え?」
「何だ?不服か?」
「…いや、あの……このままで行くんですか?」
「「……」」
さすがにこの格好はマズイくないだろうか。別にべポと勘違いされるのが嫌なワケではないが、ただ彼と並んで歩くとなると周りの目が痛いことが容易に想像できる。今で言うニコイチ的なそれは、格好が格好なだけにきっと笑われる…自分が。そんな目にこのプライドの高そうな男が耐えられるだろうか、いいや耐えられまい。
「……仕方ねェな」
結局自分は船でお留守番をする事になったが、それでもローが買い物には行ってくれるらしかった。…意外に優しい面、発見である。
「船ん中ではペンギンと一緒にいろ。……あと買ってくる物に文句は言わせねェからな」
何がなんでも着てもらう。少し脅すようなそれに一体どんな服を買ってくるつもりなんだとライは訝しげな視線を目の前の彼に送りながら、優しさと少しの恐ろしさに挟まれつつ朝食の最後の一口を頬張った。