「ぎゃはははは――!!!」


数分後。未だ止む事のない騒音の中に、ペンギンはしぶしぶ戻ってきていた。

とりあえず俺の帽子どこ行った、とキョロキョロしていると。…それはその騒音の中心にあるようで、


「っペンギン!見ろ見ろ!!」


楽しそうなシャチの声に、アイツのそれにはろくな事なんてないとまたも思いつつ、ペンギンがそちらへ歩み寄れば。…そこには、自分の帽子を被って楽しそうにケラケラと笑う小さなベポの姿が。


「ベポとペンギンのコラボレーションだ!」

「「ぎゃはははは!!!」」

「…………」

「やべーよこれ!!まじウケる!!」


いや、全然ウケねえから。上がっていた熱がサァっと引いていくのをペンギンは感じた。
何だか自身が笑われているようで嫌な気もしたが、自分の帽子を被った彼女が嬉しそうにしているので何とも言えない。


「これいいな!欲しい!」


暖かいし気持ちいいと言って笑うライ。…何故だろう。先ほどの光景が蘇るようにペンギンを纏い、彼女の言葉一つでまた熱が上がっていく気がして止まない。…俺の体忙しいな。なんて思えるようならまだ正常だろうか。

シャチが「今度は船長の帽子とコラボしろ」と耳打ちするも、ライは殺されるとフルフルと首を振ってそれを拒否した。そうして酒瓶を両手で持って口へ運び、口元から少し零れ落ちるそれをペロッと舌で拭ったりなんかして、


「……」


…ああ、何故だろう。あの時の彼女の表情も、今のその仕草たちも、全てが脳裏にこびりついて離れない。


「…あ、船長!ライにその帽子かしてやって下さいよ!」

「っ!」

「……何でだよ?」

「…………そ、そのモコモコ…触りたいです」

「却下」

「何でっすか船長〜!!」

「どうせまたベポと船長のコラボレーションとか抜かすんだろうが。お前らのその詰まってねェ脳ミソん中、スケスケなんだよ」


やってみろ、バラバラにしてやるからな。そう言う船長に泣きそうになっているライは、やっぱりこの人怖いと言って嘆いている。それをセイウチがよしよしと言ってその頭を撫でているが、相変わらず距離が近い。
と、いうより勝手に俺の帽子に触れるなんてアイツもいい度胸してる。…いや、寧ろ――


「ペンギンどうしたんだ?ボーッとして」

「!」


かかった声に振り返れば、今まで見ていたそれとは比べものにならないほど巨体なそれが現れた。

「酔っているのか」と問うベポにんなわけあるかとヤケに突っかかるように言い返して、ペンギンは目の前にあった酒を無理矢理喉へと流し込んだ。
…酔ってない。いや、酔っている。もうこの際、どっちでもいい。

そんな天邪鬼な自分を嘲笑って、ペンギンは持っていた酒瓶を目の前で転がした。



***



夜も更けきって、既に時計の針はてっぺんを回っていた。騒がしかったその場もいつしか長い時をかけてフェードアウトし、今やクルー達の寝息と鼾による合奏が響いているのみ。


「……俺は部屋に戻る。コイツも寝かさなきゃなんねェしな」


起きているのはローとペンギンだけだった。これも毎度お決まりだが、かといってローがその場の後片付けをするはずがなく、ペンギンも1人では面倒なので、いつも朝に潰れた奴らに片付けをさせるのも常。


「…ったく、派手に潰れやがって」


いや、冒頭でアンタがそう言っていたじゃないか。というツッコミをペンギンはとりあえず心に留めておいた。

スウスウと規則正しく寝息を立てベポの腹の上で寝ているライを、ローが背におぶる。ペンギンは、じっとそれを見ていた。…今だペンギン帽は被されたまま。けれどもペンギンは、それを取る気にはなれなかった。


「……」


ローがキッチンを出て行って、ペンギンは辺りを一通り見回す。
幸せそうな顔で眠るクルー達。久しぶりの仲間の歓迎に、さぞかし盛り上がったのがその表情からよくわかる。


「…………」


そうして考えるは彼女の事。出会ってから今までの事を振り返るように、ペンギンは思いだしていた。

襲われていた小さなベポ―ライを救った。スパイか何かかと最初は疑ってはいたが、自分達にまで怯えるライを、泣いているその姿を見ていられなかったのが本音であったと今なら思える。
…そうして知った彼女の事実。違う世界から来て、自分達の事も知っていた、だなんて。正直信じられなかった。いや、今もある意味で信じ切れてないのかもしれない。未だにそういう実感が湧かない…いや、そもそも考えてすらないのかもしれない。

そして、接するうちにどんどん彼女というものを知っていった。謙虚で、真面目で、けれど明るくて。時折見せる笑顔は彼女をとても愛らしく映えさせる。どこか幼いその表情も、年上だと感じさせないその言動も、とても好感が持てるものだった。


「……」


そんな紅一点の彼女がこの船の人気者になるのは目に見えていた。加えてあんなマスコット的な風貌がクルー達を虜にする事は間違いなくて、現にそうなっているのもわかっている。
一番危険なのはセイウチだろう。シャチは口ではああ言いつつも、彼のタイプとは真逆なことも知っている。…船長も、だ。今まで相手にしてきた女の中で彼女のような人はいない。だからきっと、大丈夫――


「…………、」


…違う。何故自分はこんなことを考えている?大丈夫?何がだ?
…違う。違う違う。こんなにもライの事を考えるのは彼女が自分達とは違う立場にいるからで、海賊でなく普通の女の子だからだ。仲間になったばかりの猫に野蛮なオス猫達が群がるのを防ぐために彼女に気を配るだけ。それは子持つ父親のようなもの。それと同じ。そうだ、そうだろう?…なぁ、俺。


「……らしくねェぞ、俺」


ペンギンは無造作にその髪を掻きむしり、ごろりと床に寝転がった。隣で馬鹿面を見せるシャチに目を向けながら、今の思考を忘れるように自身もそっとその目を閉じた。



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