「――…うぅ……?」
起きて早々感じる頭に響くような痛み。その痛みの原因を模索する前に脳はそれを自分に悟らせる。…あぁ、これぞまさに二日酔い。顔をしかめたままライはゆっくりとその視界を開けた。
自分がいるのは布団の上。それがここ3日ほど使ってきたフカフカなベッドだと気づくのに時間はかからなかったがしかし、昨日の記憶はほぼ皆無。途切れ途切れなそれは、足りないピースばかりのパズルのよう。
トレーナーを着てこの部屋を出て行ったのに、何故また着ぐるみを着ているのか。一体どうやって戻ってきたのだろうか。どれだけ飲んだのかも、何をしていたのかもサッパリ頭の中から抜けていて、その疑問の解明にはいくら時間があってもたどり着けそうにはない。
ライはゆっくりと重い体を起こした。この部屋の持ち主はおらず、そこには静寂が広がっているだけ。
そうして辺りを見渡せば、視界に真っ先に飛び込んできたそれ。それは、ある人がいつも被っている帽子だった。
「……」
しかし何故それが今、ここにある。謎が増えていく一方で何も解決しない事態に、ライはようやく自分が何かしでかしたのではないかと懐疑心を抱いた。
というより今これがここにあるということは、その持ち主は今何もその頭に身につけていない状態ということになるのではないか。…えらいこっちゃ。自身も踏み込んだことの無い未開の地という名の彼の素顔が、まさに今ベールを脱いでいるという事実。…そしてそこに踏み込むのだと思ったら、何故か心拍数を上げていく我が心臓。
「……」
とりあえず、これは返却しなければ。ライはようやくベッドから降り、小走りで部屋を出て行った。
*
「――やっと起きたか、ダンゴムシ」
「!っ?!」
そうして部屋を出て少し進んだ時だった。ビクッと肩を震わせ声に振り向けば、いつの間にやら背後に立っていたのはロー。足音すらしなかったそれにライはまたもや恐怖を覚える。…というより今この人、自分の事ダンゴムシって言ったのは気のせいだろうか。
「まったく…言った通りに潰れやがって」
そう言いつつローは昨日の経緯を説明してくれた。なんとまあ自分を部屋まで運んでくれたのは彼らしい。またもや優しい一面に触れたと思っていたら、ローは重かっただの面倒臭かっただのとこれでもかというくらいの嫌味をぶつけてきた。…前思撤回。今後飲み過ぎには注意しよう。ライは1人心に誓った。
「…ペンギンはどこにいますか?」
「甲板にいたな。……なんでだよ?」
「……これ、」
そう言ってライは控えめにそれを目の前に差し出してきた。それは昨日彼女が被っていた、自身で"故意に"外したペンギン帽子。覚えてないのかと問えば、コクンと一つ頷いて俯く彼女。…記憶まで飛ばしてまで飲んだくれるとは、危機感ってもんが足りないんじゃないのかとも思う。きっと俺やその帽子の持ち主がバックについているという安心からだろうが、男だらけの世界に紅一点という状況を彼女は全然理解してない。
そうして一つ溜息を漏らせば、何かしでかしたのではないかとどこか不安気に見上げてくるライがいて。…そんな彼女に、擽られるは己のサディズム。
「……そういや、ペンギン朝から不機嫌だったなァ」
「え、」
「お前が原因か」
「え?!」
嘘だ嘘だ嘘だ。自分一体何をしでかしたというのだ。冗談ですよねとローを見やれば、ローは意味深な笑みを浮かべていく。
「――おっライじゃねえか!今起きたのかお前!」
と、その時だった。タイミング悪くやってきたのはシャチとセイウチというダブルパンチ。
「いや〜昨日は楽しかったな!」
テンションもイケてたじゃねえかとシャチは自分を賞賛してくれた。喜んでいいのかどうかはさておいて…その言葉に自分がはっちゃけてしまっていた事は間違いないらしい。
「ライちゃんすげー飲んでたよね」
「…そんなに?」
「あれ?覚えてないの?…じゃあ僕との事も?」
「……は?」
「あーんな事やこんなこと――」
いや、ちょっと待て。それは事実無根だろ。…と思いたくても、実際記憶がない分心は動揺しまくっている。ローに迷惑を、ペンギンに失態を、そしてまさかのセイウチとスキャンダル――
「……セイウチ、お前船長がいる前でよくそんなこと言えるよな」
「あ、いたんですか船長」
「……バラされてェのかテメェ」
「やだなぁ、冗談ですよ冗談!」
「…あれ?それペンギンの帽子じゃね?」
急に自分に戻ってきた会話。まだ持ってたのかと言うシャチは、ベポとペンギンのコラボ最高だったと一人思い出し笑いをしている。
何のことだとセイウチに問えば、自分がそのコラボを実現させた張本人だと言われた。なんてこった。ベポとペンギンのコラボとか全く面白くないぞ、自分。…って観点そこじゃない。
「……ペンギン、怒ってた?」
「あ?アイツはそれくらいで――」
「怒ってた。すげー怒ってたよなァ?…シャチ」
「!」
言い聞かせるようなローのその声と視線は、シャチそしてセイウチにまでもそれを悟らせるには十分だった。そうして急にシャチとセイウチの表情が曇った事に、けれどもライは気づけなかった。
「言っとくがライ、お前がしでかしたそれはまだまだ序の口だぜ?」
「…嘘...ですよね…?」
「お前本当に覚えてないんだな、お気の毒」
「…え!ウチ何したん…!?」
「そりゃオレの口からは――」
「ペンギン怒ると怖いんだよね」
「……ホンマに?」
「大マジ。船長に引けをとらねえよ」
「…そういやこの前ペンギンに怒られたクルー、どうなったっけ?」
「……そういや見ねェな。海にでも捨てられたんじゃねェか?」
「…………」
「アイツああ見えて極悪非道だよな」
「あァ。人をいたぶるのが趣味らしいな」
「Mっぽいけど実は相当なSなんだよ」
それからも止まらぬペンギン裏事情に、ライの顔がどんどん引き攣っていく。…どうしよう。どうしようどうしよう。ペンギンは優しい人だと思い込んでしまっていた。そんなギャップが彼にあるなんて、人は見かけによらないとはまさにこの事。自分はとんでもない人物に喧嘩を売ってしまったようだ。
「……お、噂をすれば」
その時だった。そう言ってシャチは満面の笑みで、自分からは見えない相手に手招きをしている。
噂をすればってことは、渦中の人物がこちらに向かっているということになるが…いや待て。何でわざわざシャチはその人を呼んでいるのだ。自分まだその人と対面する心の準備、整ってないんですけど。
「……じゃ、ライ。せいぜい頑張れ」
「っえ、」
「ライちゃん、グッドラック」
「え!?ちょ――」
そう言い残して3人はそそくさとその場を去っていく。…いや、待て待て待て待て。何故自分だけ置いていくのだ。ここに来て自分を見捨てるなんて、自分たちこそ極悪非道じゃないのか。
「っ、――」
…あぁ、どうしよう。どうしようどうしよう。迫ってくる足音に、比例するようにライの心は動揺しまくっていた。