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「――島が見えたぞーーー!!」


ログポースの指す目的の場所がようやく視界に捉えられるようになった頃。見張りの1人が声を上げれば、それが合図かのように船内にいたクルー全員が甲板に顔を出す。

島の景観がハッキリするにつれ上がるクルー達のテンションに、本当に彼らは上陸する事を楽しみにしているんだな、なんて。そうしてそれにつられるように、ライの心もはずんでいった。


「次の島にメスのクマはいねぇかな?」

「うーん…、いない確率の方が高いと思うよ?」

「そういえばライは島に初上陸だな!」


一緒にいろんな所に行こうと言うベポにライは笑顔を返す。それはまるでオープンしたばかりの店に行くような新鮮な気分。何があるのだろうという期待心だけが、ライの中を占めていく。

島を眺めるライとベポの後ろでは、テンションの最高潮に達したクルー達が歌をうたい始めていた。バックミュージックのようなそれに自分も乗ろうかと思ったが、よくよく耳を澄ませば終いにそれは"女"コールに変わっていって。…誰だ飢えたハイエナのように欲を剥き出しにしている奴らは。とそれを振り返れば、肩を組みステップを踏んでいたのは案の定なあの2人組。ライは呆れてものも言えず振り返った事を後悔した。


「いや〜いいところだな!」

「…まだ上陸もしてないけど、」

「オレの勘がそう言ってんだ!ここはきっといい島だぞライ!」

「……」


そうして船はひと気のない場所へと着岸した。遠くで見ていたそれは小さかったが近づいてみれば島だとわからないほどに大きく、建物ばかりの都市というよりは自然に囲まれた長閑な街という印象を受けた。


「ログが溜まるのは約3日後だ。それまでは各々自由――」

「「ひゃっほーーーい!!!」」

「って待てコラ!!話は終わってねえぞ!!」


着岸してすぐにペンギンがクルーに指示をだしていたが、そんなペンギンの怒号は彼らの背を押しただけで誰の耳にも入らない。
そんなペンギンに苦笑いを送り、スキップをしながら消えて行くシャチとセイウチや他のクルー達の後姿を視界に入れる。…あぁ、楽しそうだな。なんて思う思考の8割はどうせ女目当てなんだろうと蔑んだものだったけれど。


「ったくアイツら――」


そうして小さく愚痴を吐いたペンギンを追ってライはその足を進めようとしたが。…ペンギンが向かうのは島の方ではなく、何故か船内だった。


「?……ペンギン、行かないの?」

「…俺は今日船番なんだ」


そんな言葉が返ってくると思っていなかったライは、一瞬言葉に詰まった。
ペンギンは自分のお目付役。船の中では専ら彼がそばにいた為(寝るとき以外は)、自分の行く先々には常に彼がいるんだと思い込んでいた。だから島に降りるにもきっと彼と行動を共にするのだと、


「…………そっか、」


…その一人呑み込んでいた考えを呆気なく覆された為か、それにようやく返した自分の声色は思った以上に小さくて。


「初めての島、楽しんでこいよ」


そう笑ってくれるペンギンの表情はいつもと変わらない。そうして見送り出された事に自分も笑みを向けたけれど、その心は先ほどまで持っていたはずみを失っている気がした。



***



「――ライ!あれ見て!!」


そうしてライは、ローとベポの3人で街中を散策していた。

街は思っていた以上にたくさんの人間で賑わっていた。楽しそうに自分の隣を通りすぎていく家族連れや、買い物をするカップル。それらが醸し出す雰囲気と、穏やかな街並み。…それらを見ていると、外国にでも旅行に来ているような"錯覚"にはめ込まれていく。


「…平和な島だな」


それをどこかつまらなさそうに、ポツリと呟くロー。

…そう、平和だと思った。それは海賊時代のど真ん中であることを忘れさせてしまいそうなくらいに。
けれども、ライの中から"それ"が完全に消えることはなかった。嫌でも目の端に写り込んでくる、かったるそうに隣を歩くローの肩に担がれた彼の背と変わらない長さのそれ。この景観に相応しくなく浮いているそれは、語らずともライの"錯覚"を解いてくれた。


「……それ、重くないんですか?」


実際に目の当たりにしてみると、その刀は想像していたよりも大きかった。そんなものを振り回すこの人は華奢なその体に一体どんな筋力を備えているのだろう、なんて。
…この時ばかりはまだライの思考ロジックは、好奇心と探究心でしか構成されていなかったのかもしれない。

そうしてローに持ってみるかと言われたが、ライはやんわりと断っておいた。自分の1.5倍はあるであろうそれを持ったところで結果は目に見えている。
それに、自分はそれに触れてはいけないような気がした。…それが何をするものであるのかわかってその思議に辿り着いていたのか、ライ自身が気づいていたかどうかは定かではない。


「…これからどうするんですか?」

「夕方にはクルーと合流する事になってる。…酒場で宴だ」


ニヤリと笑ったローは、今度は記憶を飛ばすなよと忠告してくる。…また飲むのか。と思うと同時、頭に過るは彼の姿。船にいる彼は当然参加しないのだろう。彼がいないその宴を考えると、いろいろと心配事が次々にライの頭に浮かんでは消えていった。…って、この前記憶を無くしている自分が懸念することでも無いのかもしれないけれど。


「今日は島に宿泊だからな。今頃シャチが宿を取ってるだろ――」


そのローの言葉の最後の方は、既にライの耳には入っていなかった。今日はずっとこの島の上にいることになる。そうなる事を考えていなかったわけではないが…それは今日はもう彼とは会わないという事に繋がって。


「…………」


何故だろう。そう思ったら、急に。ライの頭の中は彼で一杯になっていた。



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