――翌日。
「なんだライ、帰ってきてたのか?」
廊下を歩いていると、ペンギンと共に船に残っていたクルーの1人―アシカ(この船で唯一年上26歳のダンディなお兄さん)に出くわした。
いつの間に、なんて驚いている彼に知らぬ間に、と笑って返せば、彼がそれ以上余計な詮索をしてくることは無かった。それよりも街はよかったのかと、女はキレイだったのかと目を輝かせながらいろいろ聞いてくる彼は、朝っぱらからとてもウキウキしているよう。元気ですね、なんて冗談交じりに言えば、心はまだ18歳だからと満面の笑みで返された。そんな事を堂々と言えてしまう年齢と見た目にそぐわないそのギャップが彼の魅力だとも思うが、…決して口に出しては言わない。
「…あ、ペンギン!おはよう」
「…あぁ、おはよう」
そこへ、ペンギンが合流した。今日もクールだな、と囃し立てるアシカはどっからどう見てもペンギンより年下に見える。そもそもペンギンが落ち着き過ぎているからかもしれないが、…2人の性格が入れ替わってお互い相応しくなったとしても、それはそれでしっくりこないのかもしれない。
「…昨日はよく眠れたか?」
船長のいない、初めての夜。1人で使うそのベッドはやたら広く感じて、結局ライはいつも通り隅っこの方で眠った。寝る際はいつも1人だが(ローは本を読んでから寝る為)、朝には必ずと言っていいほど自分は抱き枕と化している。それが本日の朝なかった事に対して別に何とも思っていないが(寧ろいつもより清々しく起きれた気もする)、朝起きて隣にない温もりに少し寒さ…というなの寂しさを感じた。…気がしない事もない。
「船長がこんな長い間女を部屋に住み着かせるなんて、珍しいよなァ?」
ニタニタと笑う彼が何を言いたいのかはわからないが、ライがその言葉にさほど反応を示す事はなかった。彼が自分を部屋に置くのは、自分が他とは"異なる"からだと自負している。"特別"扱いだなんて自分で言うのもどうかとも思うが、彼らが思っているほどそれには何の深い意味もないんだと。
「…あの人の気まぐれは俺にも理解しかねる」
ペンギンはそう言ったが、きっと彼も船長の考えを理解していると思う。…しかし彼がどこか腑に落ちない顔をしていたのは、はたして自分の気のせいだろうか。
「…今日もいい天気だね――」
そうして甲板に出て、3人が世間話をしながら交代の見張りを待っていると。
「――っあれ?!ライ?!」
そこに現れた代わりの船番は、先ほどのアシカとは大違いなリアクションをするシロクマだった。
何でここに、と言いながら自分の元に駆け寄ってきたベポは、どうやら昨日の自分の事を何も聞かされていなかったようで。
「…シャチは?あいつも今日船番だろう?」
「…え?あれ?まだきてないのか?」
てっきり置いていかれたもんだと思っていたというベポ。彼は酒場で朝を迎えたらしく、気づけば周りに誰も居なくて焦って船まで帰ってきたという。
どんなけ飲んだんだと思いつつもそれを放っておくクルー達も如何なものか…とも思ったが、これからよろしくするであろう宿にそのペットを運ぶ手間は誰も取らないかと1人で納得してしまったので、ライはあえてなにも口にしないことにした。
「ライは今日の夜もここへ戻ってくる?」
「…え?あ、うーーん。…多分」
「本当?!おれ待ってる!」
楽しみだ何をしようかとご機嫌なベポに、見張りだろうがとペンギンが小さくツッコむ。ライはそれを笑って見ていたが…内心は少し動揺していた。
言われてからそうか、と気づくその事実。確かに今宵の宿も娼館と化す事は、彼らがそれを目的としている時から予想の範疇であったのにもかかわらず、今の自分にはそんな考えはこれっぽっちもなかった…というより、元々考えてなかったと言った方が正しい。
だったらここへ戻ってきた一番の理由は…はたして。
「…じゃ、行ってくるね」
その焦る理由も返事が濁った理由も、自身でわからないまま。そうしてその理由の答えを出す事なく…いや、出そうともせずに、すぐにやってくるだろうシャチを見越して、ライはペンギン達と共に二度目の街へと足を進めていた。
***
街へ着くと、アシカは早々に自分達の元を去って行った。行きたいところがあるんだと言う彼の顔は朝からウキウキウォッチングだったから、ペンギンもライもそれを咎める事はなかった。
しかし、それを思えばペンギンもそうなのではないだろうかと、ふと過るその思索。もしや自分邪魔ではないのかというバイアスがライの中に浮かんだが、まるでそれを見透かしたかのようにペンギンは口を開いた。
「昨日は街の西の方を回ったって言ってたよな?…今日は反対側へ行ってみるか?」
「え?……いいの?」
「…言っただろ、俺はああいったものに興味ねぇって」
「…………、ペンギンって」
「っ馬鹿、そういう意味じゃねぇよ」
まだ何も言っていないのに。と言えば、大体想像が付くとペンギンはちょっと呆れたように言った。その後で、お前シャチやセイウチに似てきたんじゃないか、なんて。…頼むから一緒にしないでくれと切実に言えば、ペンギンは冗談だよと笑っていた。
そんな何気無いやりとりに、少なからず自分が喜びを感じているのを気づいていないわけではない。ペンギンといると居心地がいいのは事実だ。昨日の夜だってそうだった。ペンギンが隣にいるという安心感は、今や自分の中で当たり前のようになっている。…それはシャチやセイウチや船長と違ってペンギンが、真面目で誠実だからなのだろうか。
「…船長さんは何してるんかな?」
「…さぁ。まぁあの人の事だからまだ宿で寝ているとは思うが」
「ペンギンと船長さんは昔からの付き合いなん?」
「あぁ、そうだな――」
いくらここが自分の知っている二次元の世界だとしても、それに対するブランクはかなり存在する。彼らの過去も、素姓だってそうだ。知っているようで実はこれっぽっちも知らない。
…そう、知らない。ライは何も、知らない。
彼らの事も。
――この世界の、事だって。
「――キャアアアアーーーー!!!!」
「「!?」」
突然上がった叫び声。長閑な空気に一瞬で亀裂をもたらしたそれに、前方を歩いていた人々に波のように伝わるどよめき。
…そしてそれはライも同じだった。日常でも滅多に耳にしないそれは、ライの耳にやたら突き刺さった。