「――でもなんか腑に落ちないんだよね」
それは、突然。最早日常となったセイウチの"ノロケ話"を半分にも聞いていなかったシャチの鼓膜を大袈裟に揺さぶった。
「……何が?」
「…………船長とライちゃんの関係性?」
何だそんな事か。と返そうとしたが、シャチはその言葉を喉まで出しかかったところで飲み込んでしまった。
「……あー、まぁ、確かに、」
彼が腑に落ちないそれは、どうやら自分にとっても腑に落ちないモノの一つであるように思われたからだ。
今迄それを気にしていなかったかと言えば、嘘になる。少なくともシャチだって最初は彼女を女として見ていたわけであるし、クルーという仲間になった今でも大半女として見てしまう事がある。けれどもそれはきっと自分だけではないことも自負はしていた。
だからと言って彼女に"そういう気"を持っているかと聞かれると、そうでもない。性別が女であることを意識するくらいで、そう、いわば彼女は友達の域を越えた家族のような存在であるわけで。それだってきっと自分だけではないと、勝手に自負しているのだが。
「…なーんかあると思わない?」
あの日―彼女が正式にこの船に乗ることになって、船長から彼女についての説明を受けたあの日。セイウチはその話をさほど聞いてはいなかった。そんな事どうでもいいと思っていたから。彼女がどういった経緯でこの船に乗ろうが、乗ってしまえば何も変わらないのだから。
ただ、それでも気になる点は幾つかあった。何時ものように娼婦として扱うのでもなく、かといって戦闘員として使用するのでもない。ただの雑用。本当に、ただの雑用として彼女を乗せる理由は果たして何だったのだろうかと、ふと考えてしまうことがある。あの日の説明をしっかりと聞いていればそれが解決していたなんて微塵にも思ってはいない。…何かあるのだと、セイウチはそう思い続けている。
「…何かって、なんだよ」
例えばそれを船長に問い詰めたとしても、きっと彼は口を割らないだろう。本当にただの気まぐれなのか裏があるのかの確証はない為、それを実行する気はサラサラ持ち合わせてはいないのだが、
「……女である以上の、特別な何か」
例えばそれが恋だとか愛だとかそんな言葉で収まる代物でもないこともわかっているからこそ、どこか腑に落ちないのだとセイウチは思う。それ以上の何かなんてこれっぽっちも思い浮かばないのだけれど、けれどもそういう事でしかそれを取り詰めることが出来なくて。
「でもよ、少なからず船長だってアイツの事女として見てるだろ」
「…………まぁ、」
…けれどもセイウチの腑に落ちないその根本的内容はそれとは別の―…否、それのすぐ側に落ちている。
「…………ペンギンは、どう思ってんのかな」
ポツリ。と突然にセイウチから漏れたその言葉。しかしシャチは躊躇することなくそれを拾っていた。
「あー、アイツな。アイツは――」
きっと少なからず意識はしてるだの、そんな彼をからかうのは面白いだのといろいろ言うシャチは、それでもセイウチの思うところの核心には触れもしなかった。
「…、」
彼は本当に気付いていないのだろうかと、回路の異なったシャチの話を左から右へと逸らしながらセイウチはらしくない溜息を一つつく。
彼が鈍感である事もさながら、…しかしそうして辿り着くそれはきっと、何処かで自分にも似たような節があるからなのかもしれなくて。
「……例えば、ペンギンが本気で好きだったとして、」
「?」
「でもペンギンはその気持ちを表には出さない」
「……、」
「それはやっぱり、船長がネックだからだと思わない?」
「……」
シャチはそれにすぐに答えることが出来なかった。
憶測の話のはずなのに、目の前にいるセイウチの顔にいつもの戯けた表情がなくて。どこか遠くを見るようなその目の奥に、いつにもなくシリアスな色が混ざっているのに気付いてしまったから。
「…ま、まぁ、…でもそれはオレらにも言えることだけどな、」
前提としてそれがあるから、シャチにしろ他のクルーにしろ彼女との境界線をキッチリ引いているのは確かではある。…そう、だからそれはペンギンも、セイウチにしたって、…同じ事の筈で。
「……だから腑に落ちないんだよね、」
一つニヒルに笑った彼はいつも通りにも見えて、実際そうではない気もした。
彼は一体何が言いたかったのだろうかと、改めて伺うその表情にはしかし既に先ほどの色合いは消え失せていて。いつもなら問い詰めるところではあるが、どうにもシャチにはそれが出来なかった。
「……、」
…彼にとって腑に落ちない事。今になってシャチは、それが"何"なのか分からなくなっていた。