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「――はい、あと10回〜」

「っ、ちょ、もカンベンして…!」

「…ライちゃん今のセリフなんかエロい。もっかい言っ――」

「っテメェの頭ん中にはそれしかねぇのか!」

「っ痛いよペンギンちゃーん――」


快晴の空の下、甲板にて。ライはそこに寝転がり何かに悶えるようにグッタリしており、その両足を拘束しているシャチはそれを見てしかしどこか楽しそうに笑っている。その傍で変態発言をしたセイウチはペンギンの凄まじいツッコミを受けてグッタリ。…きっとこの状況のワケを知らない者が見れば何とも不可解な光景だろう。


――あれからまた幾日かの時が流れ、船はまた穏やかな航海の旅路に戻っていた。


そうしてライの手足首の傷も、その心の傷もようやく癒えた頃。ハートの海賊団にまた、ある一つの変化がもたらされようとしていた。




『…………』


それはキッチンで、呑気にライが朝食をとっていた時だった。何の前触れもなくテーブルの上に置かれた鉄の塊。それはまた癒えたライの心に少なからず打撃を与え、ライはいつぞやと同じようにスプーンを持ったまま固まる事となった。


『…戦えと言ってるワケじゃねェ。それは"護身用"だ』


彼女を守るのが自分たちの責務であるという事に何ら変わりはないが、万が一の事を思えば、それなりにライにも"力"は備わっていた方がいい。それに使わなくともそれは脅しの一つ道具にもなる。それはこの何日間で、ローとペンギンが出した決断だった。

ライは彼らの意向に叛くことなくそれを受け入れていた。自分は精神的にも肉体的にも強くならねばならないと、あれらの事件から学んでいたようにも思われる。いつまでも彼らの足を引っ張るだけの脳無しではいられないと感じ始めていたのも事実だった。…それはいつも自分を守ってくれる彼らの背中を、この目にしっかりと焼き付けてきたからなのかもしれなくて。


『強くなれ、ライ――』




そうしてライを鍛えるトレーニングの会が毎日行われる事になったのである。今もその最中で、筋トレ(腹筋)を実施していたところだった。

ちなみに普段着では締まらないからと、トレーニングでは皆とお揃いのツナギを着ていた。…実はトリップ当時から憧れていていつ着れるかと待ちわびていたそれ。一番小さなモノでも案の定女のライにはブカブカだったが、クルー一同がそれを大絶賛した事なんて言わずもがなである。

そうして皆と同じ服に身を包めば、ライは本当にハートの海賊団になったのだと…あの時とは異なる"錯覚"を起こしつつあった。


「――じゃ、次銃の練習な!」


少なからずクルー達は、ライのそのトレーニングの会を楽しんでいた。彼らにとって今までにない非日常で、新しい刺激となっているのだろう。そんな日が訪れることも、女のクルーが誕生する事も。…一体誰が予想していただろうか。


「ライちゃん違うって、」

「?」


銃で狙うものは決まって空き樽や瓶などの"不用な物"だった。まだライはそれを数回しか撃った事はないが、その初体験は自分の鼓膜、心、そして腕に凄まじい衝撃を与えてくれた。銃を撃つのには腕の筋肉、そして体全体の筋肉がバランスよく備わっていないとダメだという事。銃を撃つのは簡単なようでそうでもない事を、この時初めて知ったのだった。


「もっとこう構えは――」


まるでゴルフのスイングの手ほどきを部下に教える社長のようにライの後ろに回ってああだこうだと言い出すセイウチ。…近い。近い近い近い。だからセイウチは距離感が、おかしい。…彼のそれだけは当初から何も変わっていないようである。


「……セイウチ、近ぇよ」

「え?僕はライちゃんに正しい銃の持ち方を、」

「…どっからどうみても下心アリなオヤジにしか見えねぇ」


ライのそれに参加するのは決まってセイウチ、シャチ、ペンギンだった。たまに他のクルーも野次馬のように見物しているが、その3人が彼女のそれに時間を割かない事などなかった。シャチはきっと面白半分に、セイウチはきっと下心前面に。そして毎度決まって何かをやらかすセイウチを成敗する…という名目でペンギンはそこにいる。


「ったくアイツ」

「ペンギン、嫉妬すんなって」

「……誰が嫉妬だ」


ベポの腹を背もたれにしてその光景を見ていてたローは、若干遊び半分と化しているそのトレーニングを、しかし特に文句を言う事もなく眺めていた。


「……」


シャチのツッコミにどこか照れくさそうなペンギンと、それを見て微笑ましさを見せるライ。その2人だけの空気を切り取れば、それが最初の頃よりも何色かに染まっている事など、少なからずローは誰よりも早く感じ取っていると自負している。
いや、とうの昔に気づいていたのかもしれない。2人が互いに抱く感情が一致していることにも、…きっと今までそれを感じ取ってきたからこそ自分の中に生まれていた感情にも。


「…………」


ああだこうだと言い合うセイウチとペンギンのその光景も、楽しそうなシャチと少し呆れた様子のライの光景も、今に始まった事ではない。そうして彼女に以前のような表情が戻った事だって、ローにとっても慊焉たるものである事も間違いはない。
けれどもそれを見て、あぁ平和だな、なんて。…そんな訓練をしている最中でも思えるならば。

彼はきっとその世界の中で、何かを見落としていた。



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