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「――島が見えたぞーー!!」


もう何度聞いたかわからない(とは言っても片手で数えられるくらいだが)その毎度お馴染みの報せは、今日もライの耳によく届いていた。

そうして青い海に目を向ければ、小さく緑豊かな島が眼前に迫っていた。それを見てベポは今度こそメスのクマゲットだぜ!と某黄色の鼠と少年が主人公であるそれを連想させるようなセリフを口にしていた。


「何だか規模の小さい島だな」

「こういうとこに限ってログが溜まらなかったりするんだよねぇ――」


島が見えてもいつものテンションを見せない某変態コンビは、島の外観や形状で"それ"を判断する事が最近ライにはわかってきていた。きっと大自然豊かなこの島では彼らが楽しみにしている事は確かに実現出来る可能性は低そうである。…だからといって自分にはドンマイ、としか言いようがないのだが。



そうして着岸した船からペンギンとライとセイウチ、ベポが特攻隊として島の様子を見に行く事となった。

現世では体験し得なかった事をあんな風に体験し、自ずと免疫力が備わったのかは定かではないが、島に下りる度に何かと騒動に巻き込まれてきたライはそれを疎まず、寧ろ積極的に下船するようになっていた。…もしかしたら彼らから貰った"お守り"が、その心を少なからず強くしているのかもしれない。


「野生のニオイがするなぁ〜」

「…街とかなさげ」

「森ばっかりだな」

「あーもうこの島はダメだと思うよ。きっとベポの切望してるメスのクマしかいない」

「マジで!?」

「おいセイウチ、嘘でも希望を持たせるな。後が面倒だろ」

「…あ、ごめ〜ん」

「…………」

「…ベポ、そんなに凹む事ないって」


そうしてベポにも島にも若干失礼な事を口走りつつ、数分足を進めた時。ようやく開けた森林の先に広がっていたのは、これでもかというくらいの豊かな農場。


「…あ、羊!馬もおる!!」

「――っメスのクマは!?」

「ライちゃん、動物好きなの?」

「うん好き!」

「僕の事は?」

「……どさくさに紛れて何を聞いてるんだお前は」

「……あ、あそこに人がおるよ?」


ライが指をさした先―羊の群れの中に、1人の老人の姿があった。少なからず人が住んでいる事に安堵した4人は、ログの事や町の在処を聞くためにそちらに近付いて行ったのだが。


「――っえ、ここログが溜まるのに3日もかかるの!?」


そうして話を聞いてみれば一応町―というより村はあるみたいだが、ログが溜まるのには思った以上に時間がかかるらしく、それを聞いてセイウチは案の定意気消沈しており、…一応聞けばメスのクマも(というかクマは)いないらしいので、同様にベポも意気消沈していた。
ちなみにこの時ライはそんな2人そっちのけで羊たちと戯れていた。ベポ以外の動物に会うのはこの時が初めてだった為か、ライのテンションは彼らと反比例して意気揚々としていて。


「…グッバイ、僕の青春」

「右に同じ」

「……大袈裟なんだよお前ら」


何もなく長閑なところだがゆっくりしていけと、老人は凹んでいる彼らを気にも留めず言ってくれた。自分たちを海賊とわかってか…はたまた何かのコスプレ集団と勘違いしていたのかは定かではないが、既にライの中にはこの島に対する保守的な思考は存在していなかった。大自然という事もあって他にどんな動物がいるんだろうとか、珍獣がいたら見てみたいだとか、そっちへの興味の方が大きくなっていて。今まで大変な目にばかり遭ってあまり島というものにいい思い出のないライにとって、この島はようやくそれを払拭してくれそうな、そんな気がしてやまなくて。


「…3日かぁ、」

「セイウチ元気だして」


だから、今度はゆっくり出来たらいいな、なんて。そんな事を想いながら今だ凹む二人に呆れた顔を向ける彼を盗み見る。きっと何もする事などないのかもしれない。もしかしたら何か事件が起こる可能性だって無いとは言い切れない。けれども、動かぬ船と小さな島での3日間はきっと自分にとって有意義になるだろうと―いや、有意義であって欲しいと、


「3日なんてあっという間やって。…たぶん」

「ライちゃん慰めてくれる?」

「…………遠慮しとく」


…それはライの、ほんの少しの希求だった。



***



その後船に戻った一行は村がある事を報告して、今度は皆してその場所へと足を運んでいた。

あの農場と老人を見ていた4人はきっと村にしろ大した事が無いと思い込んでいたようだが、実際それは言うほど廃れていたり質素でもなくいたって普通だった。あんなに意気消沈していたセイウチはその光景を見た途端いつの間にか元のテンションに戻っている。…なんて現金な奴なんだろう。


「ここに3日かァ…」

「まぁまぁ船長、この村の酒は美味い事で有名らしいよ」

「この村だけでだろ?」

「……まぁまぁ船長、きっと可愛い子もいますって。…あ、僕はライちゃんに勝る人はいないと思ってるよ」

「……あ、そう」


セイウチの無駄なフォローを受け流しつつ船長もといクルーの後に付いて行けば、彼らが足並み揃えて入って行く場所は…有無を言わせず、酒場。
そうして着いて早々、始まる宴。昼間っから飲むとはどういう事だとは思いつつもする事も大して無いので致し方ないとも思うが、それでもちょっと早すぎやしませんかと。もう少し村を回ってからとか、この人たちにはそういった探究心は皆無なのかと。…だからとって自分だけ町に出向いてきますね、なんて言えない。

この船―いや、こんな生活続けていたらきっと自分も酒に強くなるかもな、なんて。呑んだくれ集団の高笑いを背に、ライは少し呆れたような溜息を漏らしながら席についた。


*


それから、約1時間後。暫くクルーの間で健闘していたライだったが、いつしかペンギンと船長に挟まれカウンターに座っていた。…否。座らされた方が正しいと言った方が良いだろう。

どこか上機嫌なライは、けれどもペンギンやローと店主の会話に口を出す事なくただ黙ってその場にいる。幾分高いカウンターは彼女の足を床につけることなく手持無沙汰ならぬ足はフラフラと動かされる事が仕事となっており、一つの事柄を映す事を嫌うその眼は常に興味を煽るものを探し続ける。…ただ単に3人の話に興味が無いのかもしれない。


「…………おじさん、あれ何?」


そうしてようやくそのお眼鏡にかなったのは、壁に掛けられている絵だった。その画質はまるで古代の壁画に描かれているような点と線の簡単なもので、質素と言えば質素なそれが何故ライの目に止まったのかはわからない。けれども自然と口を開いて問うくらいだから、妙に吸い込まれるモノがあったのかもしれない。

それは空に浮いている島―空島を模ったような宙に浮く塊と、そのてっぺんには人間を模ったおそらく神様のようなモノと。そしてその周りを飛ぶように描かれている、1匹の竜を模ったような羽根の生えた獣――


「あぁ…あれは大昔の伝説を絵にしたもので、」

「伝説?」


その神様のようなモノは"カナロア"という神。羽根の生えた獣は守護竜"ヤム"を描いたものであるとおじさんは説明してくれた。


「……それなら子どもの頃に聞いた事があるな。"カナロア"は海の神様だって言う話だろ」

「"ヤム"は海で大暴れしていた悪竜であるという説もある」

「その空島も古代兵器であるとかどうとか――」


いつのまにかローもペンギンもその伝説の話にのっていた。諸説あるから本当のところは謎らしく、その伝説はたいそう昔の話だから時を隔てていくうちに話が枝分かれしてしまっているようだ。だからその伝説は作り話であるという説も少なくはないと、店主が付け加える。


「ふーーん、ミステリーだね」


けれども、古くからそれを島の守り神として讃えている村も多いのだそうだ。この村では何か起るたびに"ヤム"の怒りだと謳って、その怒りを静めるための儀式を行ったりするという。言うなれば、迷信―古い言い伝えとして慕われているようである。


「航海していたら、現れたりしてな?」

「っ本当?」


店主の冗談に本気で楽しそうな声を上げるライ。この世界にそんな神話があった事を知らなかったライは、見ていない裏側にたいそうな刺激を感じているようなのだが。


「バーカ、ただの伝説だ。んなもんいねェよ」

「います!探しに行きましょうせんちょー!」

「誰が行くか1人で行って来い」

「……しゅん」

「…………お前酔ってるだろ」


えへへ、よってまてーん。と自慢げに言うライは完全にいってしまっていた。大体普段でもそんなにローとの会話を求めないライがそんな風に話す事がおかしい証拠。
…今更だが、だから彼女はここにいる。前々回記憶を飛ばした彼女に一定以上の酒は危険だと(ある意味で)ドクターストップをローがかけたのである。


「「ギャハハハ――!!」」


こじんまりした店内に響く我らがクルーのはしゃぎ声が既に近所迷惑並となっている事は言うまでもない。ライと同じ…とは言わないが、そんな出来あがってしまったクルーが晒す醜態もいつも通りと言えばいつも通りでもある。
現に村人が何事かと野次馬のように酒場を覗いては去って行く光景が後を立たなかったが、けれども誰1人として彼らを見てもその表情に"怪訝さ"を見せなかった。この島の人間はきっと海賊というものに寡聞なのかもしれない。それはこの島がいたって平和であるとイコールで結ぶ事が出来るだろう。

だからライは余計ハメを外したのかもしれない。いろいろありすぎた彼女にとってこの治安の良すぎる島は気を抜くのに絶好な場所だという事。その事にローは、この島に足を踏み入れた時から気付いていないワケではなかった。


「ったく、小一時間で酔う馬鹿がどこにいる」

「……船長、ここにいますよ」

「…あァ、そうだったな」


だから、どうかこの場所だけでも。海賊らしからぬ思考を持つ自身も小一時間で酔った馬鹿に含まれるのかもしれないな、なんて。…けれども隣でヘラヘラ笑う彼女と一緒にされるのは何だか気が引けて、無意味な腹いせにローはライの頬を引っ張って遊びだしていた。


「……い、いひゃいです船長、」

「…うるせェ――」



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