――3日目。
「空が灰色だ。まるでペンギンの心の中みたいだね」
「……おい、それどういう意味だ?」
意味のない冗談をサラリと言ってペンギンの返しに特に答えることなく呑気に欠伸をしながらセイウチは、窓の外のその景色をずっと眺めていた。
まるで昨日までの晴天が嘘だったかのようにこの日は朝から暗く低い雲が空一面を覆っていて、今にもその隙間から露点に達した水蒸気達が水滴となって落ちてきそうな、そんな際どい状況が続いている。
「嵐がきたら面倒だなあ〜…」
本日はこの長閑な島との別れの日。最初はここでいかに過ごそうかと誰もが懸念を抱いていたが、何だかんだ結構有意義に過ごすことが出来ていた為今では少し名残惜しかったり、そうでなかったり。…だからかどうかはわからないがいつ出航してもいいように準備をするわけでもなく、クルー達はいつもと変わらず町に繰り出していた。
しかし、一番の理由はおそらくログが未だ定まっていない事にあるのかもしれない。何も3日目になればすぐにその時が来るようには出来ていない。それは時計の針が4日目をさすてっぺんを回る直前だってこともありえるのだ。
「…つーかライちゃん何処行ったの?」
「ライならベポと一緒にフルーツ狩りに行ったぞ」
「……フルーツ狩りって船長」
そんな中、てっきりまた船に篭るとばかり思っていた船長も何故か町へと繰り出している。雨が降りそうなのにわざわざと思う傍らで、彼のその奇想天外な行動がこの空模様を作っているのかもしれないと思っているクルーは少なくない。
「え〜、僕も行ってこようかな。ライちゃん狩りに」
「…てめぇが狩られて来いアホ」
嵐が来ない事だけを祈りながら出航の時を待つ、いつもと変わらない一コマがそこにはあった。
ただ違うのは、どんよりと低い雲が空を覆っている事。こんな天気に船長が船を出てきた事。…ライが、彼らとともに居ない事。
「すぐ戻ってくるだろ、天気も悪いしな」
それでも、何も懸念する事は無かった。飽きずにライについて語るセイウチの話を呆れた様子で聞くシャチと、新聞に目を通しながらコーヒーを啜る船長。それを目の端に映しながらペンギンは、出航後の進路と今後の予定と、たくさんのフルーツ抱えて喜んで帰ってくるライという想定内の光景をただただ暗い空模様を眺めながら思い浮かべるだけで、
「…そうだな、」
…想定外なモノなんて、心の片隅にも置いていなかった。
***
「――見てみてライ!」
ドスドスとスキップかなんだかわからないステップを踏む大きなクマと共に、ライは町から少し離れた森の中にいた。
朝っぱらから雨模様な事に朝からどこか物悲しい気分に陥ってライのテンションも気圧と共にやや下がり気味にあったが、農場で親しくなった老人が船出のお土産に村特産の木の実や果物をくれるというので気分転換にと外に出ることにしたのだ。
「わ、おいしそう!」
森の中は朝だというのに天候のせいか仄かに薄暗く、まるで直ぐに夜が来るような雰囲気だった。少し怖めなそれに、太陽の力でこうも変わるものかと自然の力の偉大さを知る。晴れていればもっとフルーツ狩りの醍醐味を味わえていたのかもしれないが、こればかりは仕方がない。
「これでアザラシにデザート作ってもらおう!」
ログがまだ定まってないこともあってか、ローもペンギンもすんなりとそれを承諾してくれた。島では必ずペンギンかローのどちらかと共にいるのだが、彼らもこの島は安全であると認知しているからこその判断だろう。なんだかんだでベポと2人きりで出歩くのも初めてで、それに加え老人のご厚意と美味しそうなそれらを見れば落ち気味だった心も少しは晴れ間を見せ、ライはその時を十分楽しんでいた。
「うん!…ふふ、ベポ楽しそうだね」
「おれ果物大好きなんだ!ライも好きだろ?」
「うん、大好き!」
…けれども、どうにも心の底から気分が這いあがってこない傾向に彼女が悩まされている事をベポは知らない。
気分が悪いとかそんな事はない。昨日はぐっすり眠れたし、朝ご飯だってしっかり食べた。船出が晴れ間を見せない事に拗ねているワケでもない。船内で過ごすならば晴れだろうが雨だろうが結局は関係ない話ではある。
船長が朝から怖かったとか、セイウチに朝から変な事を言われただとか、シャチが朝から馬鹿やっているとか、ペンギンが朝からジェントルマンだとか、ベポが朝からモフモフだったとか、そんな事じゃない。…それはいつもの、当然な事である。
「おじさんありがとう!大切に食べるよ!」
何も懸念する事は無い筈だった。最後まで穏やかな時をこの島で過ごせた事は、自分にとってかけがえのない時間だった筈で。
「こんなにたくさん、ありがとうございます」
なのに、ただただ天候に左右される心持が一体何を予知しているのかなんて。
「喜んでもらえて、こちらこそ嬉しいよ」
…今の自分には、知る由もなく。
「…そろそろ雨が降り出しそうだね」
「うん、早く帰って――」
パァァァン__!!
「「っ――!?」」
――そして、事件は始まった。