「――…?!」
乾いた音を合図に雑木林内に起こった、どよめき。木々に止まっていた鳥たちが声を上げながら飛び立ち、甲高いそれらと木々の葉が擦れる低い音が不協和音となって耳を打ち続ける。
「銃声…?」
一瞬、ほんの一瞬で、その場の空気が張り詰めたのが分かった。響いたそれは確かにベポが発した言葉の通りのものである事はライにもわかっていたが、それに危機感を抱く前に、今この場にそれが響く事に誰しもが訝しんでいる状態だった。
この島において銃を用いたのは、ライがその練習をした時くらいだろう。けれどもその時はサイレンサーを付けて、極力島の人たちが驚かないようにと配慮していた。この島は平和な島だから、そんな音を響かせたらきっと島の人たちに恐怖心を持たれてしまうだろうと思っての事だ。
クルーだって皆この島に騒動は無縁だと分かっている筈だから、その音を響かせようとする輩はここにはいないだろう。…少なくとも、クルーには。
「何かあったのか…?」
「ありゃ酒場の方からじゃないか?」
ドクドクと上がっていく鼓動は、崩れゆく和平へのカウントだろうか。腕に抱いたその和平の証たちが震えていくのを感じながら…それでもどこか、認めたくはなくて。
「…とにかく、急ごう」
__ポタ、
「……雨、」
その時だった。空を覆っていた雲を裂いて落ちてきた雫が一滴、ライの頬を濡らした。予想通りの天候はしかしまるで己の心を表しているかのごとく酷く暗晦で。
…そして、
ガサッ__
「「!」」
自身の心に、亀裂を入れる合図となった。
***
バァン__!!
「「…!」」
…それは、雲の切れ間から雨粒が落ちる少し前。
「……よぉ、トラファルガー」
突然酒場の扉を蹴破り入ってきた大柄の男とそれに続く輩たちは、この場に相応しくない雰囲気を漂わせてズカズカとハートの海賊団のテリトリーに入り込んでいた。
「……、」
自身の名を呼ぶその男にローは見覚えもなく、何故知らない奴に己の名を勝手に呼び捨てにされねばならぬのだと、そして穏やかな時間をぶち壊してくれたそれに多少イライラを募らせるも、心内ではどこか気が気ではなかった。この穏やかな時にそれがきっと災いをもたらすものだという事が、それが足を踏み入れた時点でわかってしまったから。
どうして今なのだろう。出来ればそう、自分達がこの島をでた後だったならば何の問題もなかったのに。…だから、どうして今、なんて。そんな愚問をそれに投げかけても無意味な事も分かり切ってはいるのだけれど。
「……お前は、」
「!知ってるのか?ペンギン」
「っテメェ俺を忘れたってゆうのか!?」
「……あーオレも思いだしたよ、船長――」
その男は、彼らがライと出会う前―幾分か前の島で遣り合った海賊だった。何故それらと戦ったのかはペンギンでさえ覚えていない。覚えていないくらいだから、きっと大した理由なんてなかったのだろうとも思う。そして彼らをこうして生きて返している事だって、どこか船長の気まぐれが起こしたものなのだろう。
だから、それが今こうして現れるなんてその時考えもしていなかった。…そうして今現れたことが、最悪な出来事となる事だって。
「…俺はずっとお前を探していたんだ」
「……ストーカか、お前」
「っうるせえ!!」
パァァァン__!!
「「!!」」
それも、ふいをつくものだった。静寂を破ったその銃声が一気にその場の空気を変える。カウンターにいた店主はまるで石像にでもされてしまったかのようにピクリとも動かなくなってしまった。
…あぁ、最悪だとペンギンは思った。その音がこの場にいない彼女にもきっと届いているであろう事も、そうしてこの場に彼女がいないという根本的な事実も。
「…ここで騒ぎを起こすのはやめろ」
ゆらりと立ち上がった船長に続くように、クルー達もようやく事の大きさを悟ってその身を構える。ただ、どういう魂胆でその言葉が発せられたのかは誰も気に留めてはいないようだった。
ペンギンは一刻も早くこの場を去りたかった。ペンギンにとって今一番の懸念は、彼女が危険な目に遭っていないかという事だけ。
「ペンギン」
「っあぁ、」
それを悟ったかのように名を呼んだ船長の隣に立ち、ペンギンはその男と同じように銃を構えた。
「表へ出ろ」
その言葉にニタリと張り付いた笑みを浮かべた男。瞬間、ペンギンは男に向かって踏み込んでいた。
バァン__!!
押しやった男と共に酒場の外に出たペンギンの鼻に付いた雨の匂い。既にそこにはシトシトと静かに地面を濡らす雨粒が天から落ちてきていて、…そして。
「?!」
そこに広がっていたもう一つの光景に、ペンギンは一瞬動きを止めざるを得なくなる。
「っはは!テメェらを探してたのは俺らだけじゃねぇ!」
記憶は曖昧だが、目の前にいるこの男の海賊団の所属数はたかが知れていたはずだった。しかし、今この酒場を囲むそれの数はパッと見ただけでは把握しきれない。それほどの、人数。最悪の、数。
「……!」
ギリリ、とペンギンは唇を噛み締める。…最悪だ。それは敵の強さ云々の事でない。これではすぐに彼女の元に向かえそうになんてないからだ。
ベポがついているから大丈夫だなんて思考は無かった。彼を信用していないとかそういう意味ではなく、彼女が自分の側にいて初めてその安心は成り立つものとなっていたから。彼女を守るのは自分だと決めたその意思を貫く為にも自分はここにいるべきではないのに。
「テメェらに恨みがある奴は腐るほどいるんだよ――!」
けたましい男の笑い声が、雨音に混ざってその場に響き渡った。