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「――本当に何て礼を言ったらいいのやら…」

「だから何もいらねェっつってんだろ」

「いやいや船長!何言ってんすか!」


…あの後。その戦いは―海賊集団は我らがハートの海賊団によって壊滅された。村人にまで手を出そうとしていたそれらを狩り、彼らを守った事でより一層手厚い歓迎を受ける事となったのだが、その発端が自分達にあるという事でローはそれを拒んでいた。


「あのなァお前ら――」

「それとこれとは別ですよ!もらえるもんもらっとかないと!」


それが海賊ってもんでしょ!と言い張るシャチやセイウチ。村を救ったという事でどこか賞賛気味の他のクルー達。…ライはそれを、一歩後ろからただ眺めている。
海賊は善意を働かない。海賊は悪い奴ら。命を救えば、そんなレッテルすぐに引き剝がされる。村人たちからすれば、その一件だけでハートの海賊団は正義と化す。あぁ、まるであの一味と同じだ、とぼんやりと考えていた。


「…ライちゃん」

「!」


その時だった。かかった声に振り返れば、そこにはあの老人。…そして、その両手に抱えられているたくさんの華やかな色に自然と目が移る。


「…それ、」

「お土産に、ね」


ベポと3人で、たくさん摘み取った果物や木の実。騒動の最中それを抱えているのは命取りとなって、いつのまにかその手から手放してしまっていた。きっと老人はほとぼりが冷めた頃にまた、それらを新しく取りに行ったのだろう。


「…ありがとう、君のお蔭でワシは助かった」

「!」


その光景を見ていたシャチやセイウチ達がどっとライの周りに集まり、そしてその事情を根ほり葉ほり聞き出そうとしていたのをペンギンは止めようとしたが、出来なった。…それを止める理由が、どこにも見当たらないからだ。


「何ィ!?ライも戦ってたのか!?」

「え?…う、うん」

「ワシを庇ってくれたんだ」

「男前じゃないかライ!お前も列記とした"海賊"の仲間入りだなァ!!」

「!」

「僕の仕込みのお蔭じゃない?」

「変な言い方すんな!」

「よくやった!よくやった!」


賞賛の嵐を受けるライの顔に嫌気はなく寧ろ笑顔があったことで、ペンギンの懸念はどこか薄れていた。あの時はただその状況に彼女も混乱していただけで、きっと自分が思っている以上に彼女は強くなっているのかもしれない、と。


「…殺ったのか?」

「…………恐らく、な」


ポツリと問われたそれに振り返る事なく、その眼を今だ彼女の方に向けたまま答えるペンギン。

ローはその騒動後、ライと未だに言葉を交わしていない。話さなくとも、泥まみれでも無事に帰って来た彼女の姿をその目に映せたことにどこか安心したからという理由もあったが、自身が巻き起こした騒動によって彼女を危険な目に遭わせてしまった事への罪悪感から何て声をかければいいのか分からなかった事の方が、割合的に大きかったこともあって。


「…………そうか、」


だからなのかもしれない。笑顔を作る彼女のその表情がどこか硬く見えるのも、彼女が人を殺めたという事実が自身に浸透していかないのも。きっとどこか―そう、先ほどのライと同じように一歩引いてその光景を見ていれば、彼女の纏う雰囲気が一変している事に気付いていないわけではない。…しかしそれが良い方向へ変わったのか悪い方向なのかは、今のローにはわからない。


「――とにかく、礼はもらってくれ!ほれ、持っていけ!」

「……あーわかったわかった」


けれども、その場にいる店主も、村人も、そうしてクルー皆が笑顔でいる事がその"事実"を上手く掻き消している事。…それだけは、ローもペンギンも気付く事が出来なかった。



***



それから小一時間ほどして、ハートの海賊団はその島を出航した。
雨の切れた雲は朝方よりは幾分地面より遠くなっていて、そうして少し暗かった空はどこか明るみを取り戻していた。


「「「宴だァ〜〜〜!!」」」


出航して早々高々と掲げられた声は、今までの宴の中で一番の歓声だったかもしれない。それはあの海賊集団を仕留めた事と、ライの海賊デビューという名目で開催された。彼女の成長を見守って来たクルーにとって、それ以上の嬉しい事はないからだ。


「ライの勇士にかんぱーい!」

「…大袈裟な」

「いやほーい飲め飲め!今日の主役はお前だ!っいや今日もお前だ!」

「……どゆこと?」

「んー気にしなくていいんじゃない?」


ライはいつも通りその宴の中にいて、いつも通りの酒量をその体に通していた。はたから見ればいつも通りの彼女がそこにいて、いつもと同じ風景がそこにはあった。


「――ペンギン、ちょっといいか」


だからローもペンギンも、さほどそれを気に留めてなどいなかった。
そうして今後の航路の事もあって、2人は少しその場を抜ける。この場じゃ煩くて気が散るし、それにきっと100%絡んでくる奴らのせいで話が進まない事を懸念して。


「…………、」


ライはキッチンを抜ける2人の背を見ながら、いつもは飲まないような少し度のキツイ酒を無理やり体に沁み込ませていた。

…そうでもしないと、この場を乗り切れる気がしない。気を紛らわさないと、何かが音を立てて崩れていきそうで。

ケラケラといつも通り楽しそうな彼らがそこにはいて、いつもならそれを見るのがとても楽しい筈なのに。そうして"海賊"として自分を褒めたたえてくれる事も、本当は喜ばしい事なのに。どうしてもライはそれを素直に受け入れる事が出来なかった。…酒場でも、今でも。


「「ギャハハハ――!!」」


本当に楽しそうな彼ら。あんな事があった後なのに、とても楽しそうにしている。血を流しながら戦った後なのに。…人を殺めた、直後なのに。
その光景は、まるで画面越しで見ているかのようにライには映っていたが、それでも彼らとの間の"相違"を明確にしないようにか、どこか頭の中でそれを理解しようと努力する自分がそこにいることも事実。彼らは割り切っているるんだって。それが"当たり前"で、昔―事件のあったBARにいた女の人が言っていたように"日常茶飯事"で、彼らにとってはそれが"普通"なんだって。


「……」


周りの音はちゃんとライの耳に入っている。こっちに来いと呼ぶセイウチやシャチの声も、飲め飲めと酒しか勧めないアシカの声も。しかし、ライはそれに笑顔を返す事しか出来なかった。…入れなかった。同じ空間に居ても何故か、その輪の中に入る事が出来なくなっていた。

そんな自分を拒むように、答える代わりに酒を身体に流し込む。早くこの空気に染まってしまえばいい。酔ってしまえばそんな事どうでもよくなるだろう、なんて。…今思えば、単純で浅はかな考えだったのかもしれない。


「…………」


笑い声が聞こえるたびに、それと相対するあの時の状景がフラッシュバックする。海賊の楽しそうな顔。自分を殺そうと必死に迫る顔。死んで硬直した顔。そして、彼らの戦っている姿。戦う事を恐れずに、余裕で…そしてどこか楽しそうな表情を浮かべた顔が。


――…っ、


ズキン、と、心臓が疼いた。締め付けられるように狭くなって、何かが乗っかったように重くなって。苦しくて、苦しくて仕方がなくなって。
そうして湧きあがる想いが目頭を熱くさせ、揺れる視界。それは飲みすぎたからか…それとも。


「……な、ベポ、ウチトイレ行ってくる」

「うん、わかった。…1人で行ける?」

「へーきへーき」


そんな顔を見られぬよう、手のひらをヒラヒラと動かし返事をしながら、ライはそそくさとその場から立ち去った。


…染まれなくなった、その空気から。



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