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――あれから、2日。


「島が見えたぞーー!!」


真っ青な海の上、爽快な空の下。時折強く吹き荒れる海風が連れてくる潮の匂いをこの身体に染み込ませるのはいつ振りだろう、4日振りくらいだろうか。燦々と降り注ぐ日光は以前より増して温かく、こうして1日外にいれば少し焼けるのではないだろうか、なんて。
そんな事を思いながら、ライは甲板に立ち、


眼前に見えてきたその島の姿をしっかりと己自身で捉えていた。




「おっ、結構デカイ島だな今度は!」

「あそこにならメスのクマ――」

「ライ、言ってやれ。この世にメスのクマなどいねぇって」

「……それは言いすぎやない?」


気持ちは当初よりかなり落ちついていたが、"引きこもっていた"その部屋からようやく出る決心がついたのは、ほんのつい先程―今朝方の事だった。

部屋を出て一番に話したのは確かセイウチだったように思うが、それから話したクルー達も皆自分を労ってくれて、そして"普通"に接してくれた。ベポやシャチのテンションも態度も何も変わらない。…きっと誰も自分の内情を知らないんだと思った。彼らは、嘘が上手くないだろうから。


「…気分はどうだ?」


そしてそれは、今し方話しかけてくれている彼も同じ。あの事件の時の自分を、宴の時の潰れた自分を、そして体調を崩した自分の全てを心配してくれるペンギンにさえも船長は話していないのだろうと思う。
…それでも、彼は何かを感じ取っているような気がしてライは止まなかった。最初に目が合った瞬間の彼の表情に出た戸惑い。加えてどこか彼の態度が余所余所しい気がするのは、果たしてただの考え過ぎだろうか。彼らとの間に出来た"溝"をこれ以上掘り下げる事がないようにと、自分に向けられる彼らの言動一つ一つに己が敏感になり過ぎているだけだろうか。


「うん、大丈夫。ありがとう」


…否、どこか余所余所しいのは寧ろ自分の方かもしれない。表には見せないようにしていても内にあるそれが何かとざわめきを見せる度に、表情や声色に微妙な変化が出てしまってはいないだろうかとそればかり考えている。


「…島にはどうする?行くか?」

「っ、え?」


スッと、"それ"は自然と頭に過る。キュッと心が摘まれ、全てが暗闇の底へと落ちていくような、そんな感覚が襲う。

けれどもこの数日間で、ライはそれを頭の隅に押しやる術を身に着けていた。考えてはいけない。そう、考えてはいけないのだ。人を殺めた過ちの理由なんていらない。それは動物の世界と同じ、ただ単に、生きるか死ぬかの二択しかこの世界には存在しないんだって。

そうしてここで"行かない"という選択肢を選んでしまえば、結局何も変わらない。"溝"を見せたくないのも、そうしてそれを埋められるのも、自分だけ。
泣き言は十分吐いた。自分の"内側"を知っている人間が1人でもいるだけで、悶々とした気持ちも少なからずスッキリした。船長の言葉に大分救われたと思う。

歩み寄ってくれている彼らとの距離を保つ為に、"慣れる"。自分は本当の意味でこの世界に、この世界の摂理に"慣れ"なければいけない。
…今はこの世界が、自分の居場所であって。


「…うん、行くよ」


自分には、こんなにもたくさん仲間がいてくれるのだから。




***




島に上陸したハートの海賊団一味は暫し街を散策したあとで、夕刻、お決まりのように酒場に集っていた。


「ライ!病み上がりには酒が一番だぜ!!」

「どんな持論だよお前!」

「「ギャハハハ――!!」」


街を回っていた時にも、そうして今も、その輪の中でライは終始楽しそうにしていた。ペンギンもローも顔には出さないけれどそれにはかなり思い扱っていたが、余計な心配だったかとその思う根本は違うにしろ、久しぶりに見る彼女の笑顔を肴にカウンターに座り酒を味わっていた。

…だからそう、2人ともこの時ばかりはそれに会心させられてしまっていて、"懸念していた新たな問題"は頭の隅に追いやってしまっていて。


「…あの嬢ちゃんも、お宅らのクルーなのかい」


コトリ、とペンギンの前にグラスを置き、そう言ったのは店のオーナー。視線はペンギンには無く、その背後に向けられていた。


「?…あぁ、そうだが」

「……海賊ならさほど問題ないだろうが、一応警戒しておいた方がいいぞ」

「?何の話だ」

「最近新聞で取り上げられている婦女誘拐事件の話さ。…つい先日、この島でもあったんだよ」


まさかこの場でその話題が出るなど思ってもいなかった2人は、ピタリと同時に動きを止めた。


「っ…なんだと?」

「詳しく聞かせてくれ」

「行方不明になったのはこの島に住む18の女の子だ。夕刻、友人の家に行くと言って家を1人で出て行ったらしいんだが…、友人の家に着くまでにどうやら連れ去られたようなんだ」

「その子も指輪をしていたのか?」

「あぁ。母親がそう言っていたよ。…出歩く時は外すよう言っていたらしいんだが……気の毒にな」


穏やかに流れていた筈の空気が、一瞬で冷やかなものに変わる。


「島中のありとあらゆるところを今探している。…その子がいなくなった時刻にこの島から出航した船は無かったからな」

「犯人はまだこの島にいるってか…」

「可能性は高い。…だから、あの嬢ちゃんも気を付けた方がいい」


チラリと振り返れば、キラリと明りに反射しその存在を見せつけるかのようにペンギンの目に映る、彼女の左手のそれ。…どうしてこうも悪事は連鎖していくのだろうかと、ようやく取り戻した彼女の笑顔が哀に満ちたそれにすり替わって頭からこびり付いて離れない。

ペンギンの持つグラスにぐっと力がこもる。ローはそれを、見逃さなかった。


「…この好機を逃す手はねェな」

「…好機?」

「ハッキリさせようじゃねェか。それらが狙っている本当の"正体"を」

「っ、何を、」


目を丸くしてペンギンが己を見る。酷く驚いた彼の顔を見るのはいつぶりだろうかなんて、自分でも可笑しいくらい。ローは、ニヤリとその顔に笑みを浮かべた。



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