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船に戻ってきた3人は足を止める事無く船長室へと入り、ソファに船長、ベッドの隅にライ、ドアの前にペンギンと、トライアングルを作る形で互いに位置をとる。何故その位置に自然となったかは分からないが、ソファで3人密着して話すよりは俄然この方が話しやすいからだろうと思われる。

流れる空気は、船長と合流した時のものとなんら変わらない。こういった空気は今までに感じた事がなくて、何だか少し居心地が悪い。何も悪い事をしていないのに、それでもこの雰囲気の根本的な原因が己自身にある気がして、"また迷惑を掛けてしまっている"事実にライは少し意気消沈気味だった。

左手小指にあったものが見当たらない事に気付くや否や船長に「指輪はどうした」と聞かれたライは、「ここにあります」と言ってネックレスの先を見せる。それを見た船長は一つ重い息を吐いた。


「…まァ、そうしておいた方がいいだろうな」

「……で、これからどうするつもりだ?」

「ペンギン、お前はこの指輪をどう思う」

「…俺は6割ってとこだ。カイドウの狙っている指輪の形状や状況が分からない以上、何とも言えない」

「そうか。俺は100%コイツの指輪が狙われていると思っている」

「「…!」」


ローの説はこうだ。
この世界には財宝がわんさかある。ゴールド・ロジャーの財宝、"ワン・ピース"が超有名どころだが、他の"世界遺産"や財宝で価値の高いものはよく新聞でも取り沙汰され、巷で噂になるだけもの、伝説として語り継がれるもの、形も違えば価値もピンキリ、様々な形で財宝は存在する。
奪えば手に入るもの、行く先で自然と見つけられるもの、航海の先でしか手に入らないもの。それは己らの力量に比例するようにできていて、四皇とあらばそれらを手にするのは容易いだろう。

カイドウが黒幕だと聞かされた時、ローが疑問に思ったのは何故自らの存在を隠して下級海賊にそれを任せているのかというところだった。コソコソするような輩ではないだろうし、寧ろ自らを公言すればそれを狙う輩が格段に減る。こんな都合のいい肩書きを持っているというのに、何故そこまでして存在を隠すのか。

…それは、この指輪の真の価値を、誰にも知られたくないからなのではないか。

カイドウが動けばその動向を探るため必ず政府が追う。政府に知られたくないが為に遠回しに動いているのだとしたら。
…もしかしたらこの指輪は政府ですら把握していない、恐ろしい代物なのかもしれない、なんて。


「この事件がライがこの世界に来てから間もなくして発生したこと…この指輪が元々この世界に無かったことを思えば、何かしら辻褄が合う」

「……」

「恐らくこれに"財宝"という価値はねェ。これによって手に入るのは"権力"か…あるいは、それ以上の"何か"。カイドウが狙うとなりゃ相当なもんだろ…絶対に、何か裏がある」

「…、何をするつもりだ?」

「とりあえず必要なのは情報だな。この指輪の真の価値。カイドウは何をどこまで知っていて、そしてこれで"何"をするつもりなのか…それを探る必要がある」

「まさかカイドウと接触するなんて言い出すんじゃ――」

「まァ落ち着けペンギン。今の俺達の力じゃ到底四皇には敵わねェ…真っ向から対立する気なんざ鼻からねェよ」


四皇はその1人ひとりの力が絶大とされているが、その部下達や傘下に入っている海賊団もかなり手強い。四皇を敵に回すという事はイコール世界を巻き込むほどの戦争を起こすことと同じとされている。
たかがこの"指輪"一つで、戦争が勃発する。それを思えば、ゾワリと背筋を這うナニカ。自分の所為で、ハートの海賊団が危険な航路を辿ってしまう。…ダメだ、それでは、いけない。この船の針路を自分の為に変えては、いけない。


「…船長、あの、」

「なんだ」

「……この指輪の事は…その…忘れませんか、」


たどたどしく発した声は、嫌というほど震えていた。こうして船長の意見に真っ向から反論するのはこれが初めてで、でも、今ここで止めなければ一生後悔すると思って。


「……何でだよ?」

「っ、だって…こんな指輪一つの為に…皆を危険な目に、遭わせるなんて……そんなの、嫌…です…」


この"指輪"はこの世界に存在していなかった。だから最初から存在すらしていなかった事にすればいい。この指輪が本物かどうかの確証もない今だからこそ、この指輪の存在を忘れるべき。そうすればこの船の針路は当初の予定通りに進んでいく。それでいい。ハートの海賊団の冒険に、自分の"都合"を捻じ込んではいけない。
思いを口にする度に、目の前が霞んでいく。でも、自分の為に、ハートの海賊団を犠牲になんてして欲しくない。非力で弱い自分の為に、他世界から来た訳の分からない女なんかの為に、犠牲になる必要なんてない、絶対に。


「…これ以上、迷惑…かけたくないんです。私の所為で…船長の野望とか、その道を…邪魔したくな、」

「ライ」


ずっと俯いていた為か、その声が真上にあることに、そしてその存在が目の前にあることに気付かなかった。見上げれば怖い顔をした船長が立っている。…あ、怒っている。そう思って瞬間、目の端から落ちる涙。泣き出したらまた怒られると思ってそれを拭おうと動かした手は、船長によって止められた。


「お前なァ、何回言ったら分かるんだよ…歩いたらすぐ忘れるニワトリかよこのアホ女」

「?!…い、!」


スッと目の前にしゃがみ込んだ船長が何をするかと思いきや、伸びてきた大きな手が己の両頬を包む。…と思ったらグイグイと引っ張られた。痛い。かなり、痛い。手加減と言うものを知らないのかこの人は。


「海賊ってのは、欲しいものは何でも手に入れるんだ。誰も知らない―ましてや四皇が狙っている"指輪"が俺達の手中にある。これほど優越感に浸れるものはねェ」

「…っ、」

「ただ、俺たちは無知すぎる。無知ほど怖いものはねェからな。だからその"宝"を守る為の知識は必要だ、そうだろ?」

「、っでも、」

「仲間が奪ってきた財宝は、ハートの海賊団の財宝だ。仲間の命は、ハートの海賊団の命だ。仲間の迷惑も、失態も、補うのがハートの海賊団の責務だ。仲間になるってことは、そういう事なんだよ」

「…っ、」

「いつまでもウジウジしてんじゃねェよ。何だ?お前は俺達の仲間になるのがそんなに嫌か?」

「っ、ちが、」

「だったら、お前の"宝"も、命も、しっかり俺達に預けろ。もっと俺達を頼れ。お前が迷惑かけまいとすること自体が迷惑なんだよ」


ブワリ。溢れる涙が頬を抓ったままの船長の手に流れていく。相変わらずジンジンと頬は痛い。しかし、自分の不甲斐無さに気付いた心にとてつもなく痛みを感じてそんな事どうでもよくなった。

やっぱり自分はこれっぽっちもこの世界のことを分かってなかった。殺戮の世界―怖い世界であると同時に…それ以上に、仲間を大切にする世界であるということを。漫画の中で"あの一味"がそうであったこと、知っていたクセに。仲間の為なら命を懸けて全力で戦うことも、仲間の為ならどんな航路も厭わないことも、仲間の為なら、仲間の為なら――


「…ペンギン、酒場にいるあいつ等、呼び戻してこい」

「、あぁ――」


ペンギンは、その一部始終をただ黙って見守っていた。ようやく船長の"虐め"から解放されたその頬は赤くなっていて、女相手でも手加減を一切しないのはライが列記としたハートの海賊団の一味だからか、ただ単にイライラをぶつけたかっただけかは定かではないにしろ、船長がそうすることに何も憂虞しなかったのが自分でも驚きで。

寧ろそれは、ペンギンにとって微笑ましい光景だった。



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