――翌日。
ライは朝からシャチとアシカの3人で街へと買出しに出かけた。他世界のプリンセスとプリンスの交流会と称して今夜は船で宴をするらしい。…そもそもプリンセスでも何でもないのだが、そうやって受け入れてくれるならばまぁそれでもいいかと思って敢えてライはツッコむことをしなかった。
昨日の海賊達はもう"いない"だろうが、それらが言っていた"奴ら"がまだうろついている可能性は捨てきれない。それでもライは怖がる事無く船から出た。そうする事にペンギンはかなりの心配をしていたが、他のクルーからお前はお母さんかというツッコミを受け、なにより船長の許可が下りたことでしぶしぶその背中を押してくれて今に至っている。
道中、会話は途切れる事無く続いているが、昨日の事もライの素性の事も一切話題にはでない。それらの話については船内以外(甲板も含まれる)での口外は厳禁とされたからだ。
「やっぱ実戦経験が一番だろ。想像や訓練なんてただのお戯れだ」
話す内容は専ら強さの秘訣や戦いに慣れるということに関して。何もかもが吹っ切れたと言っても、自分の弱さをそのままにして置く訳にはいかない。どうにかして強健になりたい。その思いは昨日に増して強くなっていた。力さえあれば不安にも恐怖にだって打ち勝てる。この世界の強者たちは"力"があるから何にでも立ち向かえるのだと、自分はよく知っているから。
「じゃあ今度からは武術も覚えるか?襲われた時に投げ飛ばせるくらいには成っといた方がいいだろ?」
「確かに。…武道専門家はベポ?」
「ベポはラスボスにしとけあいつクソ重てぇから。ライ潰れて死んじまうぜ?」
力は欲しい。色んな技術を身に付けたい。そうは言っても、剣や拳などといった直接的な手法は心のどこかで避けたい気持ちがあったように思う。…分からない。やはりあの事件でトラウマを持ってしまったのか、まだ己がそれで人を殺めるということに慣れていないだけなのか。
だからといって、間接的な手法なんてこれといって思い浮かんではくれない。2人に聞けば何かしらまたアドバイスはくれるだろうが、何だか逃げに走っている気もして、結局それがライの口から話題に出る事は無かった。
そうして一通り街を巡り、最後に食料の調達へと廻る。シャチもアシカも船長やペンギンの言っていた"奴ら"を多少なりと警戒していたが、不審な動きをする者も、あからさまに野蛮な海賊も見当たらず、買出しは難なく終われそうだった。
「おばちゃん、これとこれとあれと…あと、そのオレンジもくれ」
「はいよ」
最後に立ち寄ったのは、果物屋。この手の店は何ら珍しくなく今までの島でも目にしてきているが、ライはフルーツ類が好きだし、日本で売られているそれよりもカラフルで面白い形をしたものもあるので、端から端までそれらを眺めるのが好きだった。だから買出しに行きたかったというのもある。買い物はやはり女の子の気分を上げてくれるものだ、なんて。
「…?」
ウキウキしながら視線を向けていたその先。ふと、そのおばあさんの後ろ、隅の方。今までに見たことのない奇妙な模様と形をした物体に目を奪われる。
…それは、この世界に存在する"力"の代名詞と言っても過言ではないもの。
「……ね、アシカさん…あれって、」
老婆に指示をだすシャチの横、早く船に帰りたそうなアシカの腕をポンポンと叩く。
「…おい…ばあさんそれ…悪魔の実じゃねえのか?」
ライが指した方向、それを視界に捉えて即アシカはそう言った。
"悪魔の実"――一口でも食べるとその実に宿っている特殊な能力を手に入れる事が出来る、海の悪魔の化身とも呼ばれている不思議な果実。力を手に入れる代わりに海に嫌われ一生泳げない体質になってしまうのがデメリットであるが、特殊能力が自然と備わる事を思えばそれは希少価値の高いものであり、一種の財宝ともいえるであろう。
そんなものがこんな街の一角の果物屋さんに普通に売られているなんて思いもしていなかったライは、既にそれに興味津々だった。
「あぁ、そうだよ。買うかい?」
「いくらなんですか?」
「馬っ鹿ライ!悪魔の実はなぁもんのすごく高けえんだぞ!?フルーツと間違えて買っちゃいましたテヘ、なんて船長に言ってみろオレの明日は――」
「500ベリーだよ」
「「安っ!!!」」
希少価値の高い秘宝―オークションなどで売られれば1億ベリーは下らない値がつくといわれているそれの素っ頓狂な値段に隣の2人が盛大なツッコミをかます。
「何でそんなに安いんだ?ばあさんまさか寝ぼけ――」
「あんたらが海賊だから言うが…この実は本物の"悪魔の化身"だ。…この実を食べてその能力を手にした者は未だかつていない…この実は食べた者をミイラにしちまうんだ」
「ミイラ?」
「一説ではこの実の力が強すぎるからだと言われている。…それに耐性のない輩が興味本位で喰っちまうと、反対に実がその喰った者を貪り喰らい尽くすのさ。恐ろしい話だ」
「…だからって何でそんな値段なんだ?悪魔の実には変わりないだろ?」
この実だって他の実と同じような高値で売られていた時期もあった。しかし、手に入れた海賊―今までこの実を食べた者全員が翌日にはミイラ化して亡くなっていたそうだ。その噂が広まりこの実には別の名前がつけられた。これは悪魔の実ではなく、"人殺しの実"だと。
その後殺人果実を高値で売る事はタブーとなったが、それを安く手に入れて高値で売ろうとした輩がいなかったといえば嘘になる。…けれども、そうして儲けようとした輩も翌日には不審な死を遂げた。その噂も重なって、誰もこの実に寄り付かなくなったそうだ。
ただ、どうしてかこの実はいつも"ここにいたがる"のだと老婆は言う。一般人が購入しないようにと後ろの方に陳列し、興味本位で買おうとする輩もこの話を聞けば早々に諦めて去っていくそうだ。
「(…高値で売ったら不審な死を遂げる……アブねえ、)」
「…あれ食べたら...私も死ぬかな?」
「おまっ、今の話聞いてたのかよ!?食べたらミイラになるんだぞ!?」
「でもさ…こんな値段で悪魔の実が買える事ないんでしょ?」
「いやそうだけどよ…船長に言ったら絶対止められ…いや、寧ろ怒るのはペンギンの方か…」
「お嬢ちゃんにならタダで譲ってあげるよ。何だか実が"喜んでる"気がするんでねぇ」
「本当?」
「ちょ!待てばあさん!コイツは――その、…世間知らずで!悪魔の実の事なんもわかってないから!」
「そうだ!ダメだライ!!お前が怒られない代わりに怒られるのはオレ達な気がしてきた!!」
「貰うだけ、ね、食べないから!」
「嘘付けお前こっそり食う気だろ!」
「食べへんってば!お守り!お守りにするだけ!!」
「「何のだよ!!」」
それからも3人で言い合いを続けていたが、老婆は気にせずそれをそそくさと紙袋に入れライへと手渡してきた。受け取ってしまった物は仕方が無いとして2人はしぶしぶ諦め、"失敗する"とミイラになる話は3人だけの秘密にする事と口裏を合わせ、船へと歩みを進めた。
「…グッドラック、」
ライの背を見つめ続けるその老婆の呟きは、3人には届かなかった。