「…………」


…注がれる視線が痛い。耐えきれなくて、ライはそっとそれらから目を逸らした。

彼らの疑惑は確信へと変わってしまった。精密機械が自分の正体を明かすなんて思いもよらない。
まさか、そんな事。同じ国で"生まれた"のに。それがたとえ漫画の世界だとしても、同じ国で生まれたのだから血液の型が同じ――って、それはただのこじ付けになってしまうけれど、同じ人間なのに体の中を流れる液体に違いがあるなんて知らないし知っている筈もない。
信じられなかった。トリップした事も正直まだ夢のようなのに、それに加えまた自分に降りかかる事象。頭はすでにパンクしそうで、こんなに脳が混乱すること今まであっただろうか…いいや無い。


「…………」


そうして混乱した頭の中が警報を鳴らし始める。…どうするべきか。
本当の事を話すべきか、否か。

日頃から冗談を言ってその場の雰囲気を明るくさせるのは得意な方だった。けれども今はそんな状況とは全く異なる事は一目瞭然。この状況で適度に正確な嘘が自分につけるだろうか。…否、できる訳がない。ましてやトラファルガー・ローは医者だ。馬鹿じゃない。寧ろ頭がキレる人だろう。


「……、」


ここは正直に言った方が身の為だと、そう思った。下手に動けば殺される線だって捨てきれない。彼らは海賊。あくまで海賊。それを死んでも忘れてはいけない。


「…また黙りか、」


暫く続いた沈黙をトラファルガー・ローの冷たく低い声が打ち破る。ライは一つ、ゴクリと唾を飲み込んだ。


「…………正直に言ったら」


勇気を出して言葉を発する。わかってもらうためには、言葉を交わさなければいけない。もう逃げてはいけない。怖がっていても仕方が無い。向き合わなければ。…彼らと、向き合わなければ。


「……正直に言ったら、信じてくれますか」

「「……」」


ローとペンギンはお互いの顔を見合わせていた。ようやく口を割ったぞと、二人とも呆れたような溜息を吐き出す。
…けれどもそんな二人の表情は、ライが話始めてすぐに固まる事となった。


*


「――……」


何をどうやって語ったのか覚えていない。こんなことならもっと会話力を養っておくべきだったと思う。人に伝えるためには内容をちゃんとまとめてから話すのがスジだとか、起承転結が大事だとか、…そんな事は頭に無かった。ただ、有りのままの事実を述べた。とにかくわかってもらいたかった。自分の状況を、自分の事実を。…そして、彼らの真実を。


「……、」


話の最中二人が口を挟むことはなかった。けれど逆に、黙って話を聞かれすぎてもう呆れているんじゃないだろうかとか、コイツ頭がおかしいと思われているんじゃないだろうかとか、そんな不安に襲われたのは言うまでもない。


「……やっぱり…信じられないですよね…?」


しゅん。と音がしそうなくらいライは俯いた。さすがにすんなり信じてもらえるとは思えない。自分がその立場だったらその人を蔑んだ目で見てしまうだろうから。
だから、彼らにそうされても仕方ないという覚悟はあった。今度は自分、どんなレッテルを貼られるのだろうか。…嘘つきか、はたまた詐欺師か――


ガタンっ_


「っ、?」


だが、その時だった。ずっと黙りこくっていたトラファルガー・ローが立ち上がったかと思えば、そのままライに背を向けて歩き出したのである。


「っ、船長!」


その行動に驚いたペンギンが慌ててその後を追って行って、


バタン_


「…………?」


静かに閉められたオペ室のドア。…え。どういう事だ。予想外の行動に逆に不安に襲われる自身の心。どうしよう。どうしよう、怒ったのだろうか。呆れてものも言えなくなって、出て行ってしまったのだろうか。


「……、」


誰もいなくなったその部屋にはまた、点滴が落ちる音だけが静かに響きわたっていた。



***



「――っ」


いきなり出て行ってしまったローは、しかし遠くにも行かずペンギンを待っていたかのようにオペ室のすぐ脇に立っていた。


「……信じるか?」


第一声の、それ。きっと彼女がいる前での詮索を避けるために彼は部屋を出て行ったのだと即座に理解するのだが。


「……信じるも何も、…俺はまだ――」


彼女の言っている事が、把握しきれていなかった。

まさか最初の一言目から、この世界の者ではないという言葉が出てくるなんて。一瞬耳を疑った。その後の話も衝撃的すぎて、頭の中もまだ混乱の最中にいる。
自分たちが生きているこの世界が、別の世界の二次元の中にあるということ。そして彼女はずっとそれを見てきたということ。この世界で何が起こるかも知っている。だから自分たちの名前も知っていた。ベポは人気のキャラクターでいろんな商品と化していて、彼女が着ているそれもそのほんの一部に過ぎないなんて。

そんな馬鹿な話があるわけないのだと、この女は何を言ってるんだと、そう思った。…そう思うしか、ないじゃないか。はいそうですかわかりましたなんて、そんな言葉が出る奴がいたらこっちがお目にかかりたい。


「……正直、俺もだ」


…けれども、彼女はその後で船長のある秘密を公言した。それが混乱をもたらす決定打となった。誰も知り得ないその事実。ごく一部の人間しかしらないその事実を、彼女は淡々と述べたのである。

何故彼女がそれを知っているのか。彼女が特別な人材なのか。…本当にこの世界が別世界の中で生きていて、彼女がそれを見てきたから、なのか。


「…………厄介なもん拾ってきやがって、」


やはり面倒な事になる前に切り捨てるべきだったと自分の気まぐれさに自嘲するも、…それよりも既に脳を占めるは異なる思考。


「…いや、切り捨てなくてよかったのかもしれないな――」

「……船長、?」


その混沌の中へ躊躇なく戻って行くロー。その背を見ながら、ペンギンはあからさまに大きく息を吐き出した。



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