23



あれからまた小一時間ほどして、主役の居なくなった宴はお開きとなった。

反省してひょっこり戻ってくるかと思っていたそれがその後現れることは無かった。何度かペンギンに様子を見に行った方がいいんじゃないのかと言われていたが、ローは頑なにそれを拒んでいた。何故かは分からない、クルー一人の我儘に付き合いたくなかったからか、はたまた己のプライドか。

アシカからその話を聞いた時、ローはミイラになるなんぞただの迷信だと思っていた。自分も能力者の片割れで悪魔の実については詳しい方だと自負しているが、そんな実の話を聞いたことがなかったからだ。
だからそう、彼女の気持ちが全て理解できなかったわけではない。人間は酔った時に本音が出る。感情を曝け出してまで言うくらいだからその覚悟も、本気度も伝わったのは事実である。泣き虫な彼女が初めて泣かずに思いを吐露したことも、あぁやってぶつかり合った事も新鮮だった。
…けれども、どうしてかローはその一言が出なかった。この世界の特殊なものを口にしてその小さな身体が壊れるくらいなら、力なんていらない。「お前の身体の方が大切だ」って、そう言えばきっとあの場が収まったであろうことも、ライの気持ちも少なからず動いたであろうことも…分かっていたのに言えなかったのも己のプライドのせいだろうか、なんて。


「……」


ローが船長室に戻れば、ライはソファに縮こまって寝ていた。ここにいなかったらどうしようかなんて少し焦っていた心を馬鹿にして、適当に実をテーブルに置いて服を着替える。


『ライの気が急に強くなったのは、悪魔の実のせいではないのか』


クルーの誰かがそう言った。食べてもいない実でこうも人の心情が変わるのだろうかとローは思ったが…確かにそう言われてみればその節はある。今まで己に対して態度が然程変わらなかった彼女が見せたそれは、まるで人が変わったかのような強気な発言そのものだったから。


"この実はウチに食べてもらいたがっとる"


何て小生意気な馬鹿げた発言かと、何度思ったことだろう。老婆が"喜んでいる"と言ったのはどうやら本当らしいが、どうしてこう女はモノを擬人化するのが好きなんだって、呆れる事しか出来なくて。

…ただ、その後思い出したようにアシカが「この実は"ここに居たがっている"とばあさんが言っていた」と。果物屋の端っこで、今思えばいつか誰かに見つけてもらうことを望んでいるかのようだった、と話した。アシカにしては珍しいことを言うもんだから、冷静になって考えてみれば…ローの中で新たに生まれた懸念がある。

ライの発言も、老婆の話も、自分には経験したことのないところにあるだけで。…だからこれも、政府も知り得ない事実だったとしたら――


「……」


何故こうも、否運は連鎖していくのだろうか、なんて。大きな溜息と共にガシガシと頭を無造作さに掻きながらふいにその元凶に目を戻せば。

――実が、どこにも無い


「…………」


確かに置いた。テーブルの、真ん中。その場所に。


「…………」


少し、騒つく心。放っておいてもよかったのだが、一応悪魔の実、丁寧に扱わないと死ぬ…と言っていたシャチの言葉を信じている訳ではないが、とりあえず探すかとテーブルへと近づく。

転がったかと思いテーブルの下へ目を向けたが、どこにもない。ライが起きた気配も物音も無かった。今もこうしてスヤスヤと人の気も知らないで――


「…!?」


…そうしてローの目に、探し求めていたものが映る。
心のざわつきは大きくなっていた。


それは、ライの手の内にちょこんと乗っかっていた。



***



翌日。


「――なんだよ船長、こんな朝っぱらからどこ行くんだ?」


言った後で大きな欠伸をするアシカ、そしてペンギンと共にローは街へと向かって歩いていた。こんな朝早くから出歩く船長も珍しいが、このメンバー構成も稀。
聞かずともペンギンはローが何処に行きたいのかは分かっていた。目的地はただ一つ、昨日の事の発端の店だろう。


「…ばあさんにいくつか聞きたい事がある」

「…何かあったのか?」

「アシカ、お前昨日"あの実は誰かに見つけてもらいたがっている"と言ったな?」

「…あ、あぁ。…けど何かそんな気がしただけだぜ?ばあさんやライがそういう風に言うもんだから…俺もメルヘンチックになっちまったのか、」

「あの後俺は部屋に戻り、ソファで寝ているライを確認して、テーブルの上に実を置いた」

「…?」

「暫くして振り返れば、実はどこにもなかった」

「?はぁ?落ちたんじゃないのか?」

「どこにあったと思う。…ライの手の上だ」


アシカとペンギンが顔を見合わせる。船長も寝ぼけ―いや酔っていたからなのではと思ったが、二人の口からそれが音になる事は無かった。


「不可解な点は他にもある。ただ…推測するより、聞いた方が早ェだろ?」


あの実の本質、入手経緯等、そして何故、ライにタダでくれてやったのか。例えライがあれを"お守り"として一生持ち歩くこととなったとしても、曖昧なままで船に置いておくのは危険なのではないか。だからもっと詳細な情報が欲しいとローは思ったのだ。


「――あの店の向こうだ。街の奥から回って最後に寄った」


船から降りて数分、アシカの案内通りその場所にはすぐに辿り着いたが、しかし。


「…っ、おい、嘘だろ…?!」


3人の目に飛び込んできたのは、更地だった。そこにあった筈の店が無いのだ、どこにも。
アシカはかなりそれに動揺を見せた。確かにこの場所に他の店と同じようにテントを張り、前に果物を陳列して売っていたのに、と。

ペンギンがすぐさま隣の店の店主に声をかけに行き、2人は忽然と消えた店の跡地にただ立っていた。閉店するから最後にライに実を譲ったのだろうか。この店の常連でも無いわけだから明日店じまいをするなんて言わないだろうけれど、…それでもどこか奇妙な感じが身体から抜けてくれない。


「…あのばあさん幽れ、」

「やめろ、くだらねェ。…………どうだった、ペンギン」

「"何も聞いていない"そうだ。朝、準備しにきたらもう跡形もなかったと」

「……場所を変えたのかもしれねェな。探すぞ」


ローはそそくさと歩き出し、アシカもペンギンもしぶしぶその後へ続く。
何だか嫌な予感がして、ローは自然と早歩きになっていた。



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