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あの後、船長を呼びに行ったベポはものの数十秒で帰還した。船長たちは既に帰路に入っていたらしく、どうやら近くで合流したようである。

ベポの後ろからその姿を現した船長と一瞬目が合ったけれども「食堂に集合だ」とだけ言ってそそくさと背を向けて行ってしまい、ペンギンはしぶしぶその後を着いて行く。
最後尾にいたアシカはこちらに気付くや否や罰が悪そうな顔をし、そのまま足を止めたのでライとシャチはコソコソと駆け寄った。


「アシカさん…あの、ごめんなさい」

「何かあったのか?…いや、こっちもそれどころじゃなくなったが――」

「あぁ…聞いて驚け。…消えてたんだ、店もばあさんも」

「え?」「は?」


アシカは被っていたキャップを脱ぎ、頭をガシガシと掻いた。何がどうなってんだかと独り言のように呟いて、またキャップを被り直す。
アシカが言うには、あの老婆が店を広げていた場所は更地になっていたらしい。…まるで最初からここには無かったというように。


「オイどういうことだよ?それってばあさんまさか幽れ、」

「くだらねェ。って船長に言われたよ…けど街中探してもどこにもいなかった。街の人も知らねぇって」

「そんな…まさか、」

「この話も含め、また"作戦会議"だとよ。…まぁライ、お前にとっては"朗報"かもな?」


そう言ってアシカは変に含み笑いをしポンポンとライの頭を撫で、歩き出す。怒られなかったことに対して少しホッとしている自分がいたが、最終関門とまだ一言も交していないのが、怖い事この上ない。

「どっちかってと悲報だよな」と言うシャチと共に、ライも食堂へと向かった。


*


「――これを見ろ」


ババン、という盛大な効果音は無かったものの、食堂の壁に貼られた一枚の手配書。未だその存在を知らなかったものにはどよめきが、既知である特定の人物は「最高の一枚だ」と言って感心している。…ちょっと一回くらいセイウチをぶん殴ってもバチは当たらないのではないかとライは思う。

紛れもなくその手配書の写真の人物は私であって、他の誰でもない。自分が手配書に載ってしまったという事実に酷く動揺して懸賞金の額や条件などはこの時ようやく確認したが、その額の危険度は分からない。そういえばこの世界の通貨単位についてイマイチ理解していないことを今更思ったが、今は聞く場ではないのでとりあえず黙っておくことにした。


「まさかここまで大事になるとはなァ…」


あの小柄な海賊が「もう手遅れだ」と言った真意はここにあったのかとローは了得したが、水面下で動いてきたというのに手配書を出して今更大事にするだろうかと疑念を抱いた。それこそ政府に問質される。手配書は政府への危険度を表すものだからだ。
それに、いくらなんでも手を回すのが早すぎる。昨日の今日だ、たかが下級海賊が動いたところで手配書が作成されるとは到底思えない。

だからそう、手配書がこれだけ早く回るということは、政府に少しでも関係のあるやつが関わっているのではないかと推測された。…それを思い記憶を手繰り寄せれば、カイドウが自ら動かなくても、政府に通じた優秀な"手下"がいることを思い出す。

…そう、カイドウが黒幕であるならばそれは首謀者。ずっとずっと、己の過去の記憶の中の忌々しき怨敵。


――ドンキホーテ・ドフラミンゴ


「恐らく裏で手を回しているのがドフラミンゴだ。それ以外考えられねェ」

「…ドフラミンゴ…また厄介なのが出てきたなヲイ…」

「引っかかるのは"ONLY ALIVE"という事だ、それに懸賞金もそこそこデカイ。…これの意味することが分かるか、ライ」

「え?」


ライは真面目に船長の話を聞いていたが(怖いけれど)、突然話を振られたことに驚いてあたふたする。何故自分に振った。自分がこの世界について知っているからか。…とはいうもののそんな急に振られても言葉出てこないんですけれども。


「……えー、っと…」

「お前から"何らかの情報"を奴等は求めている。指輪だけなら"DEAD OR ALIVE"で構わないからな」


船長は然程答えが出ることを期待していなかったようで話を続ける。
"ONLY ALIVE"の手配書がまわるのはごく稀だ。どこぞの王国の姫が行方不明になったとか、重要参考人が逃げ出したとか、それくらいしか思いつかないし、今までもそのようなものしか無かった。
これが意味することは、何も追う者が海賊だけに留まらないという事。殺さなくていいならと一般人が襲ってくる事も大いに考えられる。拉致、誘拐、捉えられればなんでもアリだ。海賊なら尚更、見かけで判断するならばライは格好の餌食になるだろう。今まで以上に交戦が多くなることが予想される。


「……そこでだ、ライ」

「っ、はい」

「悪魔の実を食うことを、許可する」

「…え?」

「え!?船長マジっすか!?」

「昨日は一生許可しないって言ったのに?」


そして船長は、今朝方の果物屋の話をした。忽然と姿を消した理由は定かでないにしろ、偶然にしては出来すぎているこのストーリーにはまた何かしらの裏があるのではないか。アシカが幽霊と言った話も何なら満更でも無い気もするが、特殊な老婆であったことは間違いないとローは思う。
いつもここにいたがる。誰かに見つけてもらいたがっている。喜んでいる。…もしかしたらその老婆は気まぐれにライに実を譲ったのではなく、故意に"託した"のではないか、と。

ミイラになる。医学的に言えば、体中の水分が全て体外に出ることで起こる究極の乾燥、いわば枯骸がそれにあたる。食べてすぐ死ぬのではなく翌日に干からびてしまうということは、恐らくその実が体内で消化され血中に溶けた際に、なんらかの拒絶反応が起こり水分が抜けるのではないかとローは推測した。
この世界の特殊な物を食べて彼女の身体がどうなるか分からない。…それは、逆に言えば、この世界の人間に不適合なものは彼女の身体に適合するのではないかということと紙一重。この世界に住んでいる者数十人がそれを食べてミイラになったのならば。血液の異なる他世界の彼女なら寧ろ、平気なのではないか。


「もしかしたらこの実は、お前が食うためにあるのかもしれん」

「……」

「これが街からこの船に辿り着くたったの3分間で出した俺とペンギン、アシカの答えだ」

「…ただ、これもあくまで予想でしかない。……本当に死ぬことだってありえる」

「俺達もやけく―一かバチかなんだ。あとはライ、お前の覚悟にかかっている」

「…(船長今やけくそって言った)」


この実を食べて即死ぬわけではないのなら、食べたらすぐにその身体に能力が備わっているか確かめる必要がある。何の能力が備わったかは食べてからでないと分からないし、色々試してみないと分からない事も多い。よって、一番手っ取り早い方法を使うと船長は言う。


「食ったら即効海へ飛び込め。泳げなければ"成功"。泳げてしまったら"失敗"だ。…ちなみにお前、泳げるのか?」

「…25メートルなら、頑張れる…と思います」

「短っ」

「失敗した場合、点滴漬けだ。オペ室で24時間体制でお前を見張る。いいな?」

「…っ、わかりました」


怒涛に変化していく自身を取り巻く環境。ライはそっとポケットから悪魔の実を取り出す。
…昨日の強気な自分とやらは知らないけれど。今となっては所望が叶った事よりも、この実と一つになることに少し怖気づいている自分がいた。



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