「――島が見えたぞーー!!」


少しどんよりとした空の下、見えてきた島をクルー全員で甲板から眺める。
新世界目前―シャボンティ諸島一つ手前の、規模の小さな島。元々この島には滞在しないと決まっていて物資調達および情報収集の為だけに寄るらしく、なので船長とベポは目立つので下船せず、行動するのはシャチ、セイウチ、ペンギン、そしてライのお決まり4人組となっていた。


「シャボンティ諸島まではあとどのくらい?」

「そうだな、3日ってとこか?」

「あと3日…お預け……」

「エエよセイウチ、別行動で。置いてくから」

「それは嫌だ。ライちゃんと離れ離れになるなんて」

「…そこ?」


こうして島に上陸しても、態度や気分を至って"普通"のままで保てるようになった。クルー達も―いや、主にペンギンもあまり気を張る事が無くなっている。

海賊と遭遇し戦闘が面倒な時には自分の能力で足止めさせ、その場を凌ぐ事も多々あった。無駄な戦闘はしない、逃げるが勝ち、の意味をようやく知った。「ライ、後は頼んだ」が常套句となりつつあり、ライはそれに不満タラタラだが、そうして一味の役に立っていると思えば誇らしい気持ちがあるのも事実ではある。

"海賊"とは、仲間とは。それをこの二ヶ月で、ようやく体得したと思っている。初期の頃のライはもう、ここにはいない。…そう、日本に住んでいた頃の自分と、ようやく決別を果たしたんだって、そう思えるようになっていた。


「――お、酒場があるなぁ。よし、休憩すっか!」

「…まだ島に入って20分も経ってへんけど」

「情報収集だよライちゃん、酒場と言えば情報収集」

「その情報収集を行うのは誰だ?」

「「あなたです」」

「お前等…」


「逃げろー」と言って二人は肩を組んでスキップして行ってしまった。あの二人の馬鹿さ加減は変わらない。寧ろこの二ヶ月で増しているのではとペンギンは思う。

まったく、と一つ溜息を吐いて、笑っているのか呆れているのか笑顔のライと並んで後を追う。
ガラリと風貌の変わった彼女にも、この二ヶ月でようやく慣れた。最初はどこか緊張があったように思う。だって、そうだろう。化粧一つでこんなにも綺麗に生まれ変わるなんて思わなくて、ついつい見惚れてしまう自分がいて、直視出来ずにいた、なんて。自分でも可笑しいくらいだ。…態度の変わった輩はいないなんて断言したが、本当は一人ここにいることを察して頂きたい。


「――いらっしゃい」


午前中の早い時間帯という事もあってか、酒場には人が殆どいなかった。既に入店済みのコンビは早速酒を酌み交わしており「おいで」と呼ばれるも、ライはペンギンと共にカウンターへ座った。

マスターに「飲物は?」と聞かれたがペンギンは何も飲まないようだったので、ライはオレンジジュースを頼んだ。ペンギンに気兼ねしたというよりも帰って酒の匂いを漂わせれば船長に何を言われるか分かったもんではないからである。
二か月経っても、船長と特訓を重ねていても、ライの彼に対する態度は殆ど変わっていない。しいて言うなら少し饒舌に話すようになったくらいだ。

ペンギンとマスターがシャボンティ諸島やこの近辺の海域の話をする中、ライは黙ってそれを聞きながらキョロキョロと店の中を散策する。
すぐ後ろに座る二人の声が時折煩い。何がそんなに楽しいのか良く分からないけど、あの二人本当に仲がいいんだな、なんて。最近では手間のかかる弟のように思っていたりもするが、それを言えばまた何かと面倒くさいと思われるので敢えて二人には言っていない。


「……」


ぐるりと一周した視線が戻ってきて、再び前を向く。刹那、カウンターの中、酒瓶がいっぱいに並ぶ棚の横、一枚の絵に目が止まった。
どこかで見たような気がするが、思い出せない。自分はその時、それにすごく興味を抱いた記憶があるのに。
古代の壁画に描かれているような点と線の簡易で質素な絵。
前にも似たような絵を、こうしてカウンター越しに、ペンギンの隣で――


「あ」


思い出したと同時、それは口から出てしまっていた。いきなりのそれに驚いたマスターとペンギンの視線が集まる。


「どうした?」

「あ…いや、ごめん。…あの絵、どっかで見た事あるな〜って思って、思い出してた」


そうして指せば、二人同じ動きをしてその方へと顔を向けた。


「あぁ、これかい?カナロアとヤムだよ。知ってるのか?」

「そう、それ!思い出した!」

「…ほぼ同じ絵だな。この絵の作者は一緒なのか?」


マスター曰く詳細は知らないが、購入したのではなく譲り受けたものだろうと言う。
専門家でもなんでも無いが、確かにこの簡素な絵に値段は付きそうにない。それでもこうして行く島々で見かけるとなると、やはりミステリー感は否めない。カイドウの件が終わったら船長にミステリーを追ってみませんか…なんて死んでも言えそうにないが、


「そういやお娘ちゃん、あの子に似てるって言われないかい?」

「え?」


そしてそのマスターの声も唐突だった。

壁に貼られている、幾枚かの手配書。最初はあまり気に留めていなかったが、目を凝らせばその中に紅一点、条件の異なるものに視線が動く。
マスターの問いにあからさまに反応したのはシャチとセイウチだった。酒を飲む手を止めて笑い声までもが消えている。分かりやすすぎだろ、とペンギンが呆れた睨みを利かせていると、


「あぁ、言われます。いい迷惑ですよね」


私海賊なのに、とライは笑ってそう言った。マスターはそれに何も思わなかったようで、懸賞金について彼女に話し出す。


「…そろそろ行くよ、マスター」


ここに長居は良くないと思ったのか、ペンギンはしれっとそう言うと、幾らかのお金をカウンターの上に置いた。シャチとセイウチもそれに大人しく続いたので、ライも御礼を言ってマスターにさよならを告げた。




「…お前等なぁ、分かりやすすぎんだよ、危なかっただろうが」


そうしてまた、4人で歩き出す。今度こそ物資調達だ。あまり遅くなっても船長にどやされそうで怖い。…彼への恐怖心は一生変わらないだろうな、なんて一人思いながら、三人の後ろをテクテクとついて行く。


「ごめ〜ん」

「不意だったからよ…。しかしまぁお前本当サラッと嘘つくよな…」

「あそこで変に動揺したら怪しまれるやん」

「いやそうだけどよ…つくづく女って怖ぇって思うぜ…」


最近何かとシャチは「女って怖ぇ」と言うようになった。そういえばこの世界にきて最初、彼等と船で初対面した時も言っていたような、そうでないような。

嘘が上手くなったというより、動じなくなったと言う方がいいのかもしれない。やはり力を持つ―強くなるってすごい事だとつくづく思わされている。
それでも、一つ、学習した。街の人とあまり長い間話すのは良くない。髪色と化粧とキャップで隠すには限界がある。

追われるって、大変だ。他人行儀にそんなことを思いながら、ライは酒場を一つ振り返った。



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