次の日から、いつぞやから開催されていたライを鍛えるトレーニングの会は、


「――ぎゃぁーーー!!」


そのレベルを格段に上げ再開された。


『ライちゃんが海賊の怖さに慣れるなら、船長と戦うのが一番手っ取り早いんじゃない?』


事の発端はセイウチのその一言だった。たまにはセイウチもいいこと言うだなんて、少しでも思ってしまった自分を慰めたい。


「おい逃げるな、まだ終わってねェ―ぞ!」


『俺はお前を殺す気で挑むからな。お前もそのくらいの根性をみせろ』


アッサリ断られると思ったのに船長もそれには乗り気で、その言葉はただ自分に気合を入れさせる為のものであって、船長もそんな鬼ではないだろうと。相手は未熟な一般女子、手加減くらいしてくれるだろう…と思っていた自分を慰めたい。


「ちょっとまっっ――!!」


めっちゃ怖い。本当に殺されるんじゃないかってくらい、怖い。己を拉致した買主や、自らが手を下した海賊、指輪を狙ってきた海賊とは桁違い。その表情もオーラも何もかもが悪逆無道。ブワリと蘇った悪夢は…いい意味でスッ飛んでいったが、その日の夜隣で寝るのすら怖くなるくらいの極悪非道っぷりを船長は見せ付けるのである(言ったら本当に殺されそうなので絶対に言わないが)。
しかも動きも早いしついていけない…ってそりゃそうだ、この人の懸賞金いくらだと思っているんだ。


「行けー!ライ!!」


けれども、ライはそれにへこたれなかった。最初はビビッて手も出せなかったが、3日目くらいからは攻撃を仕掛けられるまでの成長を遂げている。

クルー達は滅多に見られない船長の特訓を食い入るように見ていて、いつぞやから野次や声援が飛ぶようになっていた。たまに気が散ると言ってふいに船長が彼等に攻撃を仕掛けることがあるが、クルー達はそれを避けることを己等の訓練と言っている…が、今のところしっかりと避けているのはペンギンとアシカくらいである。


「――よし、今日はここまでにしといてやる」

「…あ、ありがとう……ございました…」


全然息の切れていない寧ろ開始前となんら変わりない船長と、へたり込んでぐったりとする己のこの差にいつも凹むのだが、それでも戦うことへの恐怖が薄れてきたことだけでライは満足していた。慣れるというのはつまり、こういう事なんだと。

船長に水を当てられたら〇万円、ならぬ、船長に水を当てられたら一人前、という目標の元、毎日毎日訓練に勤しみたいところではある…が、船長との訓練の開催時期は未定。全ては船長の気まぐれで決まるので、そこんとこだけ改善して頂きたい。


「じゃあライ!次はおれが相手だぞー!」

「っええ!?」


能力についても、大分わかってきたことがある。水を出すのは勿論、自分も水に変化することができるのだ(水に変化して数時間ほど元に戻れなかった時はどうなることかと思ったが)。しかもこの水は淡水ではなく海水で(言うまでも無く試し飲みしたのはセイウチ)、これなら強靭な能力者相手でも少しは役に立つだろうが、…何故その張本人が扱っても無事なのかはよく分からない。海に入れば力を失うのに、だ。
それも含め、水を扱う為にはまず水を知ることからとして、勉強も並行して行い知識を蓄えている。水の殺傷能力にも色々あり、溺没、低体温、脱水、抑制、水圧といった攻撃方法を編み出すことが出来そうだが、…そんなレベルに達するのはいつのことやら。攻撃の基本となるのは水圧ということで、船長には取り急ぎ圧を高める技術を体得しろと言われているが、


「ライ、お前の今の攻撃じゃせいぜい如雨露程度だ…暢気に花に水をやっている暇はねェぞ」

「…船長うまいこというなぁ」


…あの漫画でいとも簡単にその能力を使いこなしている事を基準にしてはいけなかった。能力を物にするということはとても大変だという事を、ライは身を持って知るのであった。



***



「――珍しいな、起きてるなんて」


ローが部屋に戻れば、ベッドの上で寝転がって本を読むライがいた。訓練を始めてからライは疲れ果てて大概布団に入って3秒以内には眠りに落ちてしまう。だから、こうして部屋に戻ってきてその眼が合うのは久しぶりだ。鍛えているお陰で体力もついてきたというところだろうか、いい傾向だとローは思う。


「船長、あの」

「なんだ」

「思い出したというか……言うのを忘れていたといいますか…」

「?」


ライは船長が帰ってくるのを故意に待っていた。とても眠たい今すぐ寝たいのは山々だが、能力者になってから一つだけ、船長に報告していない事がある。今日こそは言わなければと、そう思ったから必死こいて起きている。


「この実を食べて溺れたとき…声が聞こえたんです」

「声?」


それを思い出したのは、ペンギンとデート―いや、買い物に出かけた時だった。その時はその声をいつ聞いたのか全く思い出せなかったが、能力が発覚してそれを駆使することが増えて来た頃、ふと、それは鮮明に思い出された。…まるで己に浸透していくかのように。


「やっと会えたね、待っていたよ、…って」

「…誰の声だ」

「それは分かりません。…けど、」


悪魔の実でしょうか。ライが至って真剣な顔でそう言うもんだから、ローは何も言えなくなった。

あの老婆の話が、ライの発言が、今こうして真実味を帯びてくることに沸く己の感情は一言で表せそうにない。…それでも、今の彼女の発言で、一つだけ分かったことがある。


「…ライ、お前はもしかしたら、」

「?」

「悪魔の実に呼ばれて、この世界に来たのかもな」


まさかそんな言葉が返ってくるなんて思ってもいなくて。隣に腰かけてきた船長が至って真剣な顔でそう言うもんだから、ライは何も言えなくなった。



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