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「――すごいっ…!!」


今まで目にしてきた島とはあからさまに異なる景観、まさに壮大といった言葉が相応しい。
――シャボンティ諸島。島と呼ばれているが実際は、ヤルキマンマングローブという名称の巨大な樹木が集合して一つの大陸を成す、他に類を見ない造りとなっている。縞模様の太長い幹の上に生い茂る緑達の鮮やかさに映えるようにフワフワと浮いている透明な丸い物体が何とも言えないファンタジックさを醸し出していて、そこだけがまるで別世界のようにも見えた。

樹木の集合体なので島特有の磁場は発生せず、本来ならばスルーしても構わない島ではあるが、多くの海賊達―前半の海の洗礼を潜り抜けた者達が集結する地として有名な場所。
新世界への正規ルートは本来"聖地マリージョア"を通らなければならないが、海賊のような無法者がそのような神聖な場所を通れるわけがなく、その真下―魚人島を通る海底ルート―裏ルートを使うことが必須となる。但し、そう簡単に海底へは行けない。最大の敵は気圧だ。いくらハートの海賊団の船が潜水機能を兼ね備えているからといって、海底1万mに存在する魚人島までは潜れない。


「見て!シャボン玉飛んでる!!」


そこで、船に特殊な"コーティング"が必要となる。このシャボンティ諸島には多くのコーティング屋が存在し、海賊達の殆どが魚人島真上のこの島―磁場も必要としない比較的行きやすい島でそれを済ませるのだ。そうした商業を成り立たせていくうちにいつしか観光産業もが発展し、大規模な島として名を連ねるようになった。
…それが、シャボンティ諸島の"表"の顔。


「シャボン玉ではしゃぐライちゃん可愛いなぁ」

「セイウチもシャボン玉みたいに弾け飛んだらええのに」

「最近笑顔で恐ろしい事を言うようになったよな…お前…」


船のへりから身を乗り出し、潮風に揺られながら島を眺める。
今まで見た島の中で一番、テンションが上がっていた。それは勿論力がついたことによる島への恐怖心が薄らいだ事も含まれるが、なによりはあの漫画の中で見た島―それも楽しそうな島に"初めて"上陸するという嬉しさから来ている。数々の有名人にご対面出来るのではという期待心も大きくて、ワクワクが止まらない。


「楽しそうでなによりだ」

「あァ…最初はあんなにビビってたのにな」


そんなライを遠くから眺めていたペンギンとロー。過去と比較しては本当に別人のように生まれ変わった彼女を見て、ほくそ笑む。

ちなみにローは事前に―前の島で物資調達を終えた後にライから、このシャボンティ諸島についての"予備知識"を聞かされていた。彼女の話が現実になる可能性が低いということは己も、そして彼女も分かっているからこそのただの"世間話"だったのだろうが、名を上げた悪名高い凶悪な海賊達が集っていることを思えば、海軍の駐屯地があることにも注視すれば、警戒するに越した事はない。

そしてそれは、彼女に関して腑に落ちない点がいくつも存在していたことを、久々に脳へと蘇らせるきっかけとなった。
それが預言書のようなものであるならばまだしも、彼女曰くストーリーがまるで異なるならばそれが意図することは何なのだろう。この世界に彼女が介入したこと、指輪とカイドウの件も然り、未だ全容の分からない他世界との"繋がり"。そこにどんな意味があって、どんな影響を及ぼすものなのか。図れない距離は一体いつになったら縮まり、新世界へ行けば何かが変わるのか、なんて。


「船長ー!早く上陸しましょう!!」

「分かっているとは思うが第一の目的はコーティング屋を、」

「「ひゃっほーい!!」」


…ただ、それを思ってからか、島に近づくにつれ、次第に大きくなる胸騒ぎがあった。今までに感じた事の無い"ナニカ"を、それでもローは誰にも悟られまいと平常どおり過ごしていた。
己の"心臓"は一体何を予兆し神経を奮わせているのだろうかと思ったところでその候補はいつになく多い。今までに無い島への上陸だからか、今までに無いほど賞金首達が集まる場所だからか、今までに無いほど海軍との遭遇率が高い場所だからか。今までに無い"予言"とやらを耳にしたからか。


「……絶対分かってないな」


けれどもその答えは、ローには分からなかった。



 ***



「――夕刻にはここ、48番グローブに集合だ」


他の海賊船と海軍駐屯地を避け、ハートの海賊団は比較的物静かな場所に着岸した。
ローとペンギン、アシカの船の取締役達はコーティング屋の多い50番地区へと一番に向かうようで、商談の話等に興味の無いライはベポを誘って30番地区にウィンドウショッピングへと出かけることにした。

ベポと二人きりでの島の散策は何だかんだ初めてである。仮にも熊である彼とおでかけなんてはたから見ればどういう風に見えるのだろうかと、思っては自然と緩む頬。船長や副船長の目の行き届かない範囲をこうして歩けるようになった事は何より嬉しいし、二人にも迷惑を掛けずに済んでいるのでたいそう気は楽だったのだが。


「あれ、道戻ってる?…30〜39番ってどっち?」

「地図貰ってこればよかったなぁ」


着岸してすぐ近くにあった樹木の幹に大きく掲示された地図を見ただけで進んできてしまった。道という道は然程なく、幹に記された各番号を辿って目的地へ向かうのがこの島の準拠。番号さえ辿れば簡単などと思っていた自分が恥ずかしい。今聞けばベポも相当な方向音痴らしく…いつもペンギンやアシカといったしっかり者を頼ってきたのがこんなところで仇となってしまったようだ。

島の全体図はだいたい覚えている。70番地区は主にホテル街、60番地区には海軍関係、50番地区は造船所、40番〜30番地区は観光、20〜10番地区はこの島でも治安の悪い地区―管理されていない無法地帯となっていた。
…このシャボンティ諸島での迷子はきっと命取りになる。海賊も然り、確か人攫いが多かった記憶がある。騒動だけは起こしたくない、だって絶対船長に怒られるから。


「どうするライ?」

「ベポ耳いいやろ?ジェットコースターの音を辿って!」

「…ジェットコースターって何だ?」


シャボンティ諸島には遊園地がある。それがこの島きっての観光名所と言っても過言ではない。シャチやセイウチは誰よりも速くそこに遊びに飛び出していった―というよりナンパが一番の目的であることはお見通しで、あの二人もう少し―いや大分海賊としての威厳を持ったほうが良いのではと白い目で見送ったのが十数分前。…今となっては途中まで彼等に着いて行くべきだったか、と多少後悔する羽目になるとは思いもよらない。

ベポにジェットコースターとは、をジェスチャーを交えて語りながら足を止めずに歩いていた、…その時。


ガサッ_


「「!!!」」


ピタリと二人揃って足を止める。そこに現れたのは、見知らぬ海賊3人組。…なんだ"ただの"海賊か、と思わず安堵の溜息を漏らしてしまった。遭遇しただけで動じなくなった自分を褒め称えたいが、今はそんな暇は無い。


「お娘ちゃん、ペットを連れてお出かけかな?」


へへへ、とだらしない顔の海賊から目を逸らし、ベポと顔を見合わせる。このツナギを見ただけで関わりを避ける海賊も多くなってきた中、どうやらこの海賊達は世間知らずのようだ。


「"punktmuster"」

「「?!??」」


サッと前に手を翳し、"水球"の中に彼等を閉じ込め、反応を伺うことなくベポとその場から走り去った。

"水球"に閉じ込めたのなら歩いてでもその場を凌げないのかとお思いだろうが、まだまだ力の浅い己がそれを維持できる時間はたったの5秒程度。その場で集中すれば最大20秒程は維持することができるが、こんな小者相手に能力を使っては勿体ない。
…いや、実を言えば、能力を長時間使用すると自身も脱水症状を起こすデメリットが生じるのだ。自分の中の水分が技の難度によって"使用"されるのに気付いたのは、ここ最近の話。ローと同じように命を削っていると考えて頂けるとありがたい。
よって足止め以外に本気を出す時は船長が居る場で無いと、これまたお叱りを受ける。第一に無駄な戦闘はしないというハートの海賊団のポリシーを守らなければ。


「何処行くのライ!!」

「とりあえずこの茂ったとこ抜けよ!!」


とりあえず、あの海賊達を撒いて、いい加減人気のあるところへ。幹にかかれている番号にも目を留めずに、ライとベポは走った。



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