ギィ_

「「!」」


カラカラだった喉にスッと染み込んだ柑橘を味わいながらグルグルと思考をフル回転させていた、その時。店の扉が開いた。
何かと敏感になっているからか即座に振り向いたが、…そこに立っていた人物にライはグラスを持ったまま固まることとなった。


「…おや、なんとも可愛らしいお客さんがいるじゃないか」

「おかえりなさいレイリー、早かったわね」


あぁ疲れたと言って白髪の長い髪を掻き分けながら己の隣、一つ席を空けて座るその男から目が離せない。
――冥王、シルバーズ・レイリー。入ってきた瞬間から感じたオーラ、その居れ立ち、風貌、何もかもが他の海賊と格が違うことなどライにも明瞭で、ビッグスターの登場に、そのオーラに圧倒されてライは身体を動かすことも出来なかった。


「何か飲む?」

「あぁ、いつものを頼む」


…これが、あの伝説の人物。続けざまに"知った人物"に出会ったことに心は躍るというより悲鳴を上げそうだ。しかし、後ろからベポの「誰だ?」という頓珍漢な質問によってそれは平常心へと戻るのだが。


「知らんの?冥王レイリー」

「知らねぇ。おれ、あんまし他の海賊に興味ねえんだ」


何杯目か分からないそれを飲み干してベポがグラスを置くと同時、レイリーの前に酒瓶が、そしてベポの前にグラスの何倍もの大きさの樽がドン、と置かれた。
「物足りないようだから」そう言って楽しそうに笑うシャッキー。その笑みの裏に請求という名の二文字が存在するのではと思うと怖くて、そしてそんな量を飲ませるという事はまだまだ帰してもらえそうになくて、笑顔はやはり返せない。
そんなことよりこのシロクマ、世間知らずもいいところだと思うが、…自分が既知の方がこの状況的にはおかしいのかもしれない。自分が彼のこともシャッキーのことも知っているというのを、ベポは微塵も知らないのだから。


「…ところでお嬢さん、君は――」


あの子じゃないのか。何だかややこしい状況に陥っているなと考えていたら突然隣から降って来たその言葉にライはまたもや、え、と思わず小さく声を発する。
…この二人、一体何なんだ。まるで己がここに現れるのが分かっていたみたいな、そんなエスパーすら感じて少々萎縮気味になる。


「そうなのレイリー。丁度今その話をしていたところよ」


四度目の煙に巻かれながら、ライは諦めるようにグラスの中身を飲み干した。この二人のタッグに挟まれては逃げられそうも無い。冥王に"脅された"って言えば船長も許しては…くれないだろうか。やはりまだ、どうでるべきか考えがまとまらなくて明確な答えは返せそうになかったのだが。


「まさか海賊に変装しているとは…誰も思わないだろうな」

「ライは立派なハートの海賊団の一員だぞ?」

「…そうか、ならますます"ONLY ALIVE"の意味が気になるところだが…」

「それはライの、」

「待ってベポ」


ライは軽快に喋り続けるシロクマを止めた。何を思ってペラペラと語りだしたのかは分からないが、全てを話す事が正しい判断だとは思えない。これはこの世界だけの問題ではなく、そして自分達だけで何とかしていい問題でもない。


「…確かに、あれは"私"です。でもこの理由について公言する権限は私達にありません」


そう、全ては船長に権限がある。そういう事にしておけば問題ない。そうやってシラを切り続ければ船長は褒めて…はくれないだろうが。


「あぁ、すまないね…詮索が過ぎた。…まず、"我々"の思う理由から話そう」

「「?」」


それはただ、世界を制覇し知り尽くした男の、興味心からくるものだと思っていた。"ONLY ALIVE"の手配書が出回ることはそう多くないと船長が言っていたし、元々それに自身が載っていたからこそ、追われる身の立場を知っている。だから"一般人"の詳細不明な女が多額の懸賞金で捜索されている理由に、興味が沸いただけなんだと、


「ここ最近、この島に奇妙な動きがある。海軍駐屯地は昔から存在しているが…"奴ら"が島をうろつく事など無かった」

「…"奴ら"?」

「サイファーポールだ」

「…!」


それに反応したのはライだけで、ベポは頭にハテナをたくさん浮かべている。
――サイファーポール。略称CP。政府の指令によりあらゆる情報を探り出している、諜報機関のことだ。世界中に8つの拠点を置いていてCP1からCP8までの組織があるが、実際にはもう2つ組織があり、天竜人直属のCP-0、陰で動く―世間には公表されていないCP9が存在している。

レイリー曰く、己の手配書が回って数日も立たないうちにそれらが頻繁にシャボンティ諸島で目撃されるようになったという。普通なら何も思わないだろうが、レイリーは妙に気にかかった。サイファーポールが動く時に良い事なんて起こらない。そしてどんなに凶悪な海賊が騒動を起こしたってそれが動くことは無かった。だからそう、それらが動くきっかけが何かあって、そうして思い当たる節はそれしかなくて。滅多にない"生け捕り"の手配書とそれには関連がある。多額の懸賞金をかけてまで、サイファーポールを動かしてまで、手に入れたい"何か"があるのだと。


「……」


突拍子もない話に、あの時のような―己の指輪が狙われていると分かった時のような情緒に再び襲われ、自然と手が胸元にある指輪を握りしめに行く。
そうなんですかそれは恐ろしい話ですね、と簡単に返せたらどんなにいいだろう。そんな、まさかと冗談で笑い飛ばせればどんなにいいだろう。
レイリーの話の信憑性を確かめる術はない。それでも自分も、レイリーと同じことを思ってしまった。

サイファーポールは自分を探している。いや、自分の所持品を狙っている。…きっと船長が聞いても同じことを思うだろう。


"100%己の指輪が狙われている"と。



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