「――あーー…知ってるヤツはもう知っていると思うが」
…注がれる視線が、別の意味で痛い。この格好を本場の人に見られることがこんなにも小っ恥ずかしい事だなんて思いもよらない。穴があったら入りたいとはまさにこの事だろうか。ライはこの服を着て寝たことを、今一度後悔することとなっていた。
目まぐるしく回転した自分の状況に疲れ果てた脳は半日以上の休息を要求し、そうしてあれから死んだように眠り続けたライがハートの海賊団の船に乗せられて約2日後。改めてハートの海賊団のクルーの前に姿を現すこととなった。
「……とにかく、訳あってこの船に乗せる事になった」
「「「はぁ」」」
ライが他世界から来たという重要な事実は、あの場にいたローとペンギンの心内に止められる事になった。他のクルーにバレると何かと厄介事が増えるだろうから。
そうしてローの口から出るライの説明は自身からすれば偽りの塊ばかりで、よくもそんな嘘がペラペラとつけるなと少なからず感心。理由がどうであれ仲間が増えることに彼らは抵抗を持っていないらしく、その顔から警戒心が解かれて行く。それに比例するようにライ自身の彼らへの恐怖心も薄らぎ、緩和していく空気に慣れるように、一つ息を吐いた。
「……ま、雑用係として好きにこき使って構わねェ」
「「「まじっすか!!!」」」
「…っ!?」
ローのその一言によって船内に歓声が湧き上がり、いきなりのそれにライは驚いて一歩後ず去る。洗濯しなくていいだの掃除しなくていいだのとざわつくクルー達。雑用係がこんなにも喜ばれる存在だとは…それを喜んでいいのかどうかは、わからないけれど。
「……勘違いすんじゃねェ」
「「「?」」」
「?」
「夜の雑用は、させねェからな」
「「「っ!」」」
「…………」
シーン、と静まり返ったその場にローの溜息が一つ漏れた。…夜の雑用。自分はもう子供ではないから、みなまで言われなくてもそれが何を意味するのかくらいわかる。彼らが喜んでいたのは寧ろそっち。…海賊って、コワイ。やっぱり野蛮だ。ライはその雑用係にされなくて済んだことに心底安心した。
「……ま、どうしてもっていうヤツは俺に1000万ベリー払え」
「「「た、高っ!!」」」
ひどいよ船長だの、鬼船長だの、おいおい自分を目の前にしてお前ら素直すぎるだろ。と心の中でつっこむ。隣にいたペンギンに悪く思わないでくれと告げられて、ライは苦笑いを返す事しか出来なかった。
「話は以上だ。……おい、自己紹介しろ」
「……え?」
「名前くらい名乗っとけ。…そういや俺も知らねェ」
「……あ、えと――」
ライは今一度クルー達に向き合った。…なんだろう。先ほどよりも彼らの顔がウキウキしたようなニヤついたものに変わっているのは、気のせいだろうか。
「……ライ、です。よろしく…お願いします…」
ペコリと深くお辞儀をすると、白いベポフードがジャストで自分の頭に被った。一発芸でもやったのかと思うほどにどっと沸き起こる歓声。ミニベポが来ただの何だのとツッコミ処満載な自分、第一印象掴みはオーケー?まあ何でもいい。
「…………ライ」
「…はいっ、」
そんな中、ローが自分の名を初めて呼んだ。
「…この船に乗った以上、お前もこのハートの海賊団の一味ってことになる」
「……っ」
それが意味する事を忘れてしまっていた訳ではない。これがただの客船だとか、漁船だとか、そんな風にも思っていない。列記とした海賊船に自分が乗るということ。それを噛み締めれば少しずつ緩み始めていた気がまた凍ったように締まっていく。
…けれどもそんな強張った自分の表情を見たローは、それを嘲笑うかのように言った。
「…俺たちは"仲間"になった。……それを忘れるな」
「…!」
…この人が、怖かった。最初に粉々に崩されてしまった淡い憧憬、代わりにそこに植え込まれた畏怖。拭われることなどないと思っていたそれにはまだ、散らばった破片達の意思が残っていたようで。
「おう!ライ!何だか知らねェがよろしくな!」
「わからねえ事があったら俺に聞け!」
「ダメだダメだ!コイツはダメだ!俺に聞け!」
「っ…お前ら!持ち場に戻れ!!」
何だかどこかで見たことがあるような…ないような光景が、広がっていった。明らかに自分を取り囲む空気は変わり、とても軽くなっている気がした。
そうしてクルー達はみな1人1人声をかけてきてくれた。みんな気さくでいい人達だと、ライは素直にそう思った。
「ライ!うまい酒がある!飲もう!」
「っしゃあー!!宴だぁ!!」
「…うるせェ!バラすぞテメェら!!」
「「……はぃ、スンマセン――」」
ライの心はいつの間にか穏やかだった。最初に貼られた"恐怖"のレッテルは、自分の知らぬ間にキレイに剥ぎ取られてしまっていた。