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――翌日

船のコーティングの件をアシカとトド、そしてライに任せ、ロー達―シャチ、ペンギン、ベポの4人は1番グローブへと足を運んでいた。

ここには政府黙認のヒューマンショップがあり、奴隷のオークションが定期的に開催されている。元海賊、犯罪者の取引が主だがそれは表向きで、実際は巨人族、人魚、一般人等、売りに出される人種も様々で価値も多様となっている。
そんな場所―この胸糞悪い人間差別場へわざわざ足を踏み入れたのは、何も奴隷が欲しいわけではない。欲しいのは、情報だ。人攫いが頻繁に出入りするこの場所には"価値のある人間"の情報が渦巻いているはずで、世界中を探し回って見つけるよりもここで大人しく待っている方が賢い場合も有る。よって、ここをCPが出入りする可能性は高い。…それに、このヒューマンショップを"裏で手がけている奴"の動向も分かれば一石二鳥だとローは考えていた。


「ここにいるのは物好きそうな連中ばっかりだなー」


人身売買をする場所のイメージとして陰湿で薄汚いというのがあるが、この場所はまるでショーを行う劇場の如く華やかで賑やかだった。ミュージアムのように席は後方いっぱいまであり、上からでも"格別な景色"が望める。まさに高みの見物。人を"物"としか思っていない奴らが座るにはお似合いの席だ。
そんな場所に来るのはシャチの言うとおり物好きか単なる見物客か暇つぶしの海賊くらいだろう。現にそれは、目の前に存在感を見せ付けるかのように己に近づいて来た。


「――よぉ、トラファルガー」

「…ユースタス屋か」


白々しく名を呼ぶ。それがこの会場に足を踏み入れた時から、目の端に映っていたのは知っている。嫌というほど赤を見せ付け、その存在の大きさをアピールするかのような歩き方、実に鬱陶しい。気付かれなければそれに越したことはないが、自身のトレードマークの帽子と隣に座る"動物"に奴が引き寄せられないわけがないこともまあ分かっていたから仕方が無い。だがしかし、また面倒くさいのと鉢合わせてしまったと思う気持ちは否めない。
そして何故かそれら―キッドの一味は、舐めるようなキモチワルイ視線を寄越した後、真後ろの席に座ってきた。暑苦しいことこの上ない。実に、鬱陶しい。


「…安心しろ、ここでお前等と殺り合って騒動は起こしたくねえ」

「同感だ。煩いのは見た目だけにしてくれ」

「あァ!?」

「……キッド、騒動は起こしたくないと3秒前に言ったのを忘れたか」

「覚えとけよトラファルガー、お前に一つ貸しがある事を忘れんな」

「…身に覚えがねェな。夢でも見たんじゃねェか」

「なァ、そこのシロクマ。あのガキは一緒じゃねえのかよ?」

「……」


ベポは振り向かない。いや、振り向けなかった。彼等が自分達に近づいてきた瞬間に、あ、ヤバイと思ったけれども隣にいるペンギンの影に隠れることもイスの下に隠れることも出来ず、ただただキッドが昨日の事をニワトリの如く忘れてくれている事を願っていた。…が、それは叶わなかった。悪事がバレてしまった子供のように冷や汗が全身を伝う。…恐らく被毛に隠れてそれは彼等には見えないし、自分がかなり焦っている感情を持っていることなど誰も気付いていないのだろうけれど。


「…おいベポ、なんのことだ」

「何だ?言ってねぇのか?俺様に喧嘩ふっかけてトンズラかましたってよォ」

「…喧嘩じゃない。アレは…正当防衛だ」

「随分と度胸ある世間知らずな女がお前んトコにいたとはな……天竜人にも喧嘩売ったのは傑作だったぜ?」

「……なんだと?」

「…………」


あぁ最悪だとベポは今すぐこの場から逃げたい衝動に駆られる。自分達が秘密にしていた事を呆気なく口外してしまう目の前の巨大なニワトリを丸焼きに出来たらどんなにいいことか。言ってしまえば自分は何もしていない。当事者であるライがこの場にいないのが大問題だと思われる。何をどう弁明すればこの場を乗り切れ、かつライにも負担がかからないかを模索するも、何も浮かんでこない。ベポは言い訳を並べるのがあまり得意でないのだ。ライが船長に怒られるところは見たくないけれど、かといって自分も怒られたくはない。それだけは避けたいが、…この状況では既に不可避か。


「だがまぁ…そいつが俺の一味になるってんなら、許し――」

「却下だ」

「否定が早ぇな!」


ペンギンはあからさまに大きな溜息を吐き出した。やはり、彼等は昨日トラブルまみれだったのだ。
トラブルの発生順序は分からないものの、ともすればあの裾の解れの原因がキッドにある可能性もある。ベポは正当防衛で逃げたと言っていたが、確かにキッドの言うとおりそれに手を出すなんてライも随分怖いもの知らずに育ってしまったなと感心やら悲しいやら。
それはそうと、彼が最後に言わんとしていた言葉は不愉快極まりない。「俺の一味にする」だなんて、イコールその一件でライはキッドに気に入られてしまったということだ。セイウチといいセイウチといいセイウチといい、どうしてこうライは変な奴に好かれてしまうのだろう…って、自分の事はとりあえず棚に上げておくこととする。


「…そういやトラファルガーよ、お前にずっと聞きたいことがあったんだ」


マシンガンのように話し続けるキッドの声がそろそろ耳障りだ。次から次へと話題を変えるそれにお前は女子かここはカフェかというツッコミは、しかし次にその赤唇が放った言葉によってスッと過去へと消えていくこととなる。


「あの"雑用係"はどうした?もう政府に引き渡しちまったのか?」

「「!!」」


そこでローもペンギンもシャチも、その事実を思い出した。数ヶ月前の島でライをキッドに見られていることを。
今の話の流れからキッドに喧嘩をふっかけた度胸ある世間知らずな女のガキがライであることは明々白々だが、キッドの中のそれと雑用係がリンクしていないことが不幸中の幸いだと思われる。先程自分達に寄越した視線をあの時の彼女にも向けていた筈なのに、レイリーやシャッキーと異なり彼が気付かなかったのは単に彼がニワトリ以下だからだろうか。とても有り難い。


「…アイツなら、とうの昔に船を下りた」


今頃どこで何をしているのかも知らないと淡々とした"嘘"をローがキッドに語る中、話が逸れていった事でとりあえずは怒られなくて済んだかなと、ベポは一つ安堵の溜息を吐き汗ばんでいた己の額を拭う。

だからライは先手を打って逃げたのかと、ペンギンはようやく事情を理解していた。それを思えば後ろの地声の煩い奴がアホで良かったと心底思わされる事件である。
船長の饒舌な嘘は毎度流石だと思わされるが、キッド一味との接触は今後一切避けるべきだなと。そして船に戻ったら天竜人事件についてこっぴどく叱られるであろうライを想像して、ペンギンは一つ諦めにも似た溜息をついた。



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