一方。

船長達が出て行って十数分後、レイリーは約束通りコーティングをしに来てくれた。無償でやってもらえるのだから何か手伝いをとライは思ったが「気持ちだけで十分だ」と言われてしまい、する事もないのでトドと一緒にミニミニ追い込み漁でもしようかと準備に取り掛かっていた(ちなみにアシカは船内で寝ていると思われる)。


「船から割と離れた方が良さそうだな。あの岩の向こうでするか?」

「そうやな。浅瀬やからドルフちゃん達を呼ぶわ」


靴を脱ぎツナギの裾を膝まで捲し上げ、岩の上へと登る。天候も申し分なく、キラキラと反射する小さな波が少し眩しいが、とても綺麗だ。
自分の意向を読み取ってくれたのか、既に数匹のドルフが寄ってきている。「追い込み漁手伝ってくれる?」と聞けばキューキューと鳴き声をあげ、まるで頷くように頭をふる姿はどっからどうみても水族館のイルカにしか見えなくて、可愛い。最高。


「ライ、そっち持ってろ」

「了解」


そうしてライが海に向かって合図を出せば、ドルフ達が遠くから向かって来、キラーウェルがそうするよりも小さいものの、波がどっと押し寄せてきた。
浅瀬でしかも透き通った水で小魚達が必死に泳いでいる姿は丸見えで、それらは我々が待ち構える網の方へと引き寄せられるように飛び込んでくる。


「行くぞ!1、2、3!!」


トドの合図で網を手放したと同時、ドルフの勢いを受けついだ波がザパンと岩に打ち付けられ己に盛大にかかった。一瞬力が抜けその場にへたり込み「冷た!」とツナギをフルフルしているとトドは無事だったのか「ハハハ」と他人事のように笑ってせっせと網を引き上げている。
網の中にはピチピチと粋のいい魚がいっぱいだ。ドルフたちはお零れが欲しいのか先程のようにキューキューと鳴き口を開けて待っている。自分に水をかけた事は気にしていないようだ。


「…もう、可愛いな。トドくん、魚10匹くらいちょうだい」


「甘やかしすぎなんじゃねえか」と言ってトドはまたと笑う。共生にはギブアンドテイクが大事やろ、と岩の上から小魚を投げ、濡れた服は太陽が乾かしてくれるかとそのままにドルフ達と戯れていると、


「――不思議な力だ。ゾォン系か?」


その一部始終を見ていたのか、レイリーが寄ってきた。


「いえ、本来は水…"海水"の能力みたいです」


ほら、冥王にご挨拶、と言えばドルフ達は頭をヴィジュアル系バンドのように振った。激しい挨拶にレイリーは微笑み、近くの小さな岩の上に腰掛ける。どうやら休憩がてら此方に来たらしい。


「海水の力で生物も操れるのか」

「いや…何故この子達を操れるのかは分かってないんです」


口走ってから能力者の言う事か、と自分で思う。悪魔の実を食べてたった数ヶ月だが、指輪と同じくして能力についても未だ謎が多いのが現状だ。
だから、ふと思った。レイリーなら何か知っているのでは、と。何十人と命を落としてきた謂わば伝説のような実の話、"カナロア"と違ってこれには実態も実績もあるのだから。


「レイリーさんは、ミイラになる悪魔の実の話をご存知ですか?」

「……あぁ、噂でなら聞いたことがある。…まさか、その能力が?」


そうだと言えば、レイリーは興味深そうな顔をしていた。己の全てを打ち明けた相手、悪魔の実との出会いを隠す必要はないだろうと、それについてもライは話し始める。船長は馬鹿馬鹿しいと言っていたけれど、レイリーは絶対にそういう類の返しはしてこないだろうと思って。
「実に面白い話だ」とレイリーは考えるように右手を顎へと持って行き、長い白髭を摩る。こうして海の実力者とゆっくり話せる機会などそうないからどんな助言が来るかと期待していたが、…思いも寄らない言葉に正常に動いていた鼓動は一つ大きく跳ね上がることとなった。


「その老婆は、君が他世界から来たことを知っていたのかもしれんな」

「…え?」


まさかそんな答えが返ってくるとは思っていなくて、小魚を放り投げようとしていた手が空中で止まる。網を片付けながら話を聞いていたトドの手も止まっていて、動いたのは小魚が飛んでくると思って待ち構えていたドルフだけだった。


「ありえない話ではないだろう?私と君とそこにいる彼と、見た目で誰が別世界の人間だと判断出来るかね?」

「…それは、」

「君の世界から"引っ越して来て"この世界で普通に暮らしている人々がいるかもしれん」


ぶっとんだ話だが、言われてみれば確かに、何ら不思議な事ではない。血液型さえ調べなければ、公言しなければどこから来たかなんてパッと見で判断など出来ないし、こうして自分がここにいる事実、そして過去に日本人男性が一人彷徨っていたことを思えば、その可能性は確かに否定出来ない。
…否定は出来ないけれど、もしも本当にたくさん日本から人が移り渡ってきたのだとすれば、その人達は"故意的"にこの世界に来た、ということになる。自分と、恐らくその男性とは違って、"故意的"に。


「……」


頭の片隅から蘇った、あの果物屋の老婆の姿。どうして姿を消してしまったのだろうと、またと今更思い耽る。


「あくまで可能性の話だ。…しかし、私はこう思う」


首を傾げ、レイリーを見やる。ドルフ達が魚はまだかと、同じように首を傾げる。


「この世界に君が来たことも、その能力を手にしたことも、全てに意味がある」


だから懸命にこの世界を、生きなさい。
小魚に群がったと同時に上がったドルフ達の鳴声は、レイリーの言葉に賛同しているようにも聞こえた。



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