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「――容態は?」

「アバラ三か所に皹。その他腹部や背部に打撲痕」

オペ室に船長とベポ、その他クルーが2人籠って数時間後。その扉が開くのを背中越しに感じたペンギンは、物思いに耽っていた思考を現実へと引き戻した。


「まァ…よく我慢した方じゃねェか」


首のコリを解す様に左右に傾げればゴリゴリと音が鳴る。船長にとって、そして自分が知る限りでそれは久しぶりのオペだった。

その背の奥、オペ室のベッドに横たわったままの男女の姿を目に映す。
アシカはアバラを二本骨折、それでも大事には至っていないとのことだ。彼は今までもそういった負傷は経験済みで本人もタフだから心配するに越した事はないが、ライにとっては戦闘での初めての負傷。暫くは二人とも安静が必要だった。


「…奴らは?」

「船で待機するとのことだ。ライが目を覚ましたら呼んでくれと」

「そうか」


ライが気を失って後。彼女の父親の話は中断を余儀なくされた。その場に残ったペンギンは父親と部下二人を荒れ果てたままの食堂へ通そうとしたが、自身らの船で待つと父親に拒まれ、他クルーと食堂を綺麗に片付けオペが終わるのを待っていた。
彼等がこの船での待機を拒んだのは、自分達との慣れ合いを避けているからなのかは分からない。


「……」


ペンギンにとって父親の第一印象は、相当頭のキレる、厄介な相手―敵に回したくない相手というものだった。…あぁ、よく似ている、なんて。知ってから思わず頷けるその事実、少し状況が落ち着いたからこそ思えたものだ。

怒涛のように過ぎ去った時間の中にある、濃厚な真実。何を問うて何を問うてはいけないのか、この数時間考え込んだにも関わらず未だ図りきれていなくて、気まずさなど感じたことのなかった間柄に変な空気が流れる。居心地は、あまり良くない。
それだけが問題では無い。父親が現れた瞬間から、そしてそれが口にした"言葉"から示唆される現実をペンギンは未だ飲み込めなくて、理解も出来なくて、それだけは考えるのを避けている。…船長が今何を考えているのか知りたいのに、知りたくない。おかしな矛盾だと、らしくないと自分でも思い、そうして口から出す言葉が決まらなくて代わりに溜息が漏れた。


「……目を覚ましたら、呼べ」


いつか遠い昔に聞いた、同じセリフ。あの時とは異なる心情を互いに抱え、そしてそれを露にしないまま。
互いに背を向けローは船長室へと向かい、ペンギンはオペ室へと静かに足を踏み入れた。



***



――お父さんお父さん!


物心ついた時から、記憶は父親で埋まっている。母親がいないことについて父に問い詰めた記憶はない。元々忙しい人で家にいることも他と比べれば少ない方だったが、それを苦だと思ったことも一度も無かった。近所の人からも男手一つで育てあげられたからかしっかり者だねと感心されたりして、父の評判や己に対する嫌味な噂なども聞いたことがなかった。

だから、普通だと思っていた。


「お父さんって、そういう映画好きやんなぁ」

「男のロマンや。分かるやろ?」

「海賊がロマン?普通ヒーローもんを選ぶんちゃうの?」



今思えば、たわいもない会話の節々にあったフラグの数々。勘は良い方だと思っているが、気付けるわけなんてなかった。
ねぇ、でも、どうして――


――なぁライ、もし本当にこんな世界が存在したら、どう思う


「――…」


目の前にあった父親の顔を掻き消しパッと弾けた様に開いた目が入れた景色。見覚えは幾度とある。
長い、長い夢を見ていた。まるで幼少期から青年期までをダイジェストにした映画を演じているような、父との記憶を巡る旅のような、父の言葉の裏を探るような、


「――気が付いたか」

「!」


少し身体を動かしてみれば疼いた背部。ベッドの軋む音がまるでその痛みを訴えたかのように、そうしてすぐ隣にあったイスから立ち上がったペンギンが、己の顔を覗き込む。彼の顔を見るのは久しぶりな気がした。


「大丈夫か?」

「…うん」

「アバラ三箇所に皹が入っているそうだ。暫くは安静が必要だ」


水を持ってくる。そう言って去った彼の背を目で追えば、左端に自分と同じように横たわっている男性―アシカを見つけた。目は覚ましていないらしく、それでも規則正しく動く腹部が彼は生きていると教えてくれる。見た目からは分からないけれど、無事ならそれで良い、安心するように息を一つつく。
まさか自分がこうして負傷者としてオペ室に並べられる日が来るとは思ってもいなかった。きっとここを出れば皆に「お前も立派な海賊になった」等、以前のように称賛してもらえるのだろう。…これが、とある日常の中の出来事だったなら。


「…っ、」


身体を起こそうとすると先程よりも痛む背部。ギチギチに固定されたコルセットのせいか、ピンと背筋がいつもより伸ばされて大分しんどい。古びたロボットのようにカクカクと身体を動かしながら、いつもより数倍時間をかけて身体を起こしていると、水を持ってきたペンギンが気付いて駆け足で寄って来、そっと背中を支えてくれた。


「ありがとう」

「痛むだろう?無理はするなよ」

「うん」


相変わらずの優しさをくれるペンギンが持ってきてくれた水をコクコクと喉に通す。飲み込むたびにアバラが痛み、食道から胃に流れていく感じが少し異様に感じた。あれからどれくらいの時間が経ったのかも分からない。そういえば何も食べていないなんて、こんな時でも食欲に関心を抱くとは自分、現実逃避もいいところだろう。


「待ってろ、船長を呼んでくる」

「…わかった」


気は失ったが、記憶は失ってなどいない。
先程まで見ていた夢の中の人物は、すぐさま己の脳内に召還された。



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