梅雨空の続いていた朱雀領に、久しぶりの快晴が広がった。
晴れた日に時間があればアイルは必ず一人で墓地に行き空を眺める。裏庭でも空は拝めるが、遮るものもなく人気のない墓地は最高の場所だった。
アイルは晴れた日の空が大好きだった。そこには自分の大好きな色が広がっている。吸い込まれそうな青。色鉛筆では真似出来ない青。神秘的な青。屈託のない青。爽やかな青。
「――アイル!」
自分の大好きな彼の目の色と同じ、青。
be infected with your blue
呼ばれて振り返れば、爽やかな笑顔を浮かべる彼が爽やかに歩いてこちらへ向かってきている。なんて爽やかなんだろう。こんなに爽やかという形容動詞が似合う人はいない。アイルはその爽やかさに負けそうになりながらも、自分も爽やかさを醸し出してその方へ手を振った。
「…こんな所で何してるんだ?」
「空を見てるの」
綺麗でしょ。と言うアイルにつられてエースもその青を見上げた。今日は雲一つない快晴だった。真っ青な空が、自分たちを見つめ返してくる。
「綺麗だな」
「でしょ?好きなんだ〜」
「空が?」
「空も好きだけど。この色が好き」
空を見て微笑むアイル。純粋なその笑顔に、エースも自然と笑顔が零れた。
「アイルが青色が好きだなんて、意外だな」
「そう?」
女子ってピンクとかオレンジ系が好きじゃん。と言いながらエースはアイルの隣にこしかけた。どんな偏見だ。誰が決めつけたんだ。と思いつつも遠慮なく隣に座ってきたエースに動揺する。ドキドキが大きくなって、比例するように顔の熱が上がっていくのに気づく。アイルはその顔を見られないように、自分とは正反対の色を成す空にもう一度目を向けた。
「…本当に好きなんだな」
飽きずに空をずっと見つめ続けるアイルをエースが見つめる。アイルは恥ずかしくてエースに目を向けられないので空を見ているだけなのだが、エースはまったく自分に見向きもしないアイルに、自分より空をとるのかと少々ムッとする。…どうにかして自分の方に向いてはくれないだろうか。空に勝てるような、青。青。どこかに――。
…あ。
あるじゃん、青。
「――…なぁ、アイル」
「ん?」
「ここにも青、あるよ」
「え?」
アイルがエースを振り返ると、エースは人差し指で自分の瞳を指差していた。それはそれはもう自慢げに。アイルは一瞬その瞳を見たが、やはり恥ずかしくなってすぐにその青から視線を逸らしてしまった。
「な、何言ってんの」
「この青はどう?」
せっかく見つけた青をチラ見程度でスルーされてしまったエースは、もっと見てよと言わんばかりにアイルに詰め寄っていて。
「ど、どうって――」
空と同じ屈託のない青が迫る。それはそれは爽やかに。…嬉しいが、嬉しくない。尋常じゃないくらい焦っている自分がいる。自分の瞳にエースの青を写すとなれば、その顔を見られてしまうのは必然。火照った顔を見られたくないアイルは、まったくエースを見ようとはしなかった。
「…空には勝てないかぁ」
一行に自分に見向きもしないアイルに諦めたのか、残念そうにそうとだけ言ったエースは空に参りましたといわんばかりの目を向けた。
アイルはその後でチラリとエースに目を向け、その瞳の中の青をようやく自身の瞳に写す。
…本当は、それが一番好きな青。空よりも大好きな色。透き通るような純粋なエースの色。ずっと見ていたいエースの青。自分だけに、向けて欲しい色なのに。
「…そんな事、ない」
ハッキリと否定したかったけれど、語尾は驚くほど小さくなった。
「え?」
聞こえなかったのかエースがアイルを振り返り、その青が視線と絡み合った瞬間。ドキリ、と大きく心臓が高鳴って。
「何?」
「な、何でもない…!」
また爽やかな笑顔を向けられた。あぁもう。爽やかなのはその瞳の中だけにして欲しい。アイルはその青から逃げるように視線をずらす。
「そんな事ないって?」
「っ!?」
その声に驚いてまたエースに目を向けると、エースはニッコリ笑っていた。
「き、聞こえてるじゃん!!」
もう!と少し膨れっ面を向けてやれば、エースが悪戯に笑ってアイルとの距離を詰めた。その行動があまりにも自然すぎて、アイルはエースが間近に迫っていると気づくのにいささか時間がかかってしまった。
「アイル」
その声の近さにようやくエースがすぐ隣にいると気づいて、驚いて少し身を引こうとしたその顔に、しかしかかるは暗い影。
「っ…――」
その影がエースの顔で作られていると気づいた時。
唇に、温かいモノが触れた。
「…!?」
一瞬何が起こったのかわからなくなって、今度はエースの目と自分の目が触れ合った。遠くで見ていてもわかるほど綺麗なその青は間近で見るともっと綺麗で。吸い込まれてしまいそうな、射抜かれてしまったような感覚にアイルは陥って。
「今度からは、この青しか見ちゃダメだよ」
囁くような声と魅せる瞳が、アイルの思考を麻痺させていった。
「返事は?」
「、…え?」
「もう一回しようか?」
その言葉の意味を理解しようと止まっていた思考がフル回転した。もう一回。しよう。もう一回。する。何を。…その瞳が魅せる色。大好きな色、青。自分の名前を紡ぐ唇。爽やかな笑顔を生み出す、唇。その唇が、ついさっき、自分のそれに。
「っ…!?」
触れたのだと、脳がようやく判断した。
思い出してアイルは一気に自分の体全身が熱を持つのを感じた。キスされた。エースに。大好きな彼に。
唇を、奪われた。
――っ!!
アイルはすぐさまその唇を手で覆った。真っ赤に実った顔を隠すと同時、その事実にようやく思考が追いついた事を示すように。
そんなアイルを見ていたエースは、クスッという音がしそうな笑みを浮かべていて。
「空の青はみんなのモノだけど、この青は今日からアイルだけの青だから」
そう言ってトドメの爽やかな笑顔を一つ浮かべて、エースは立ち上がった。
そしてアイルの頭をひと撫ですると、その場からそそくさと去って行く。
「……っ、」
その後ろ姿をただただ見つめることしかアイルは出来なかった。
…これは夢なのだろうか。エースの行動が、言葉が、頭の中を駆け巡っては止まる事なく思考を埋め尽くす。
今さっきエースにキスされた。…本当に?
エースの青が自分だけの色になる。…本当に?
アイルは今一度みんなの青に目を向けた。
変わらないそれは、素晴らしい青を自慢げにアイルに見せつける。まるで先ほどのエースを見ている気がして、アイルはまた恥ずかしくなってその顔を赤に染めた。
瞳の中は、彼の色に染めたままで。