「――アイル!」
「ん?」
それはある休み時間の出来事だった。
ケイトとクイーンと雑談をしていたアイルが知った声に名前を呼ばれ何の屈託もなく振り返ると、目の前に現れたのは真っ白い景色。一瞬何が起こったのかわからなかったが、よく目を凝らしてみるとそれが一枚の紙で黒い文字が羅列されているのがわかった。
one’s head on a pillow
「見ろアイル!」
次にその人の顔を見やれば、自信満々な顔を自分に向けており何やら不敵な笑みを浮かべている。…いきなり何なんだ。怖いではないか。というより何がしたいのかわからない。アイルは怪訝な顔をその人に向けた。
「ナイン、どうしたのですか?」
「よーーーーく見ろ!」
ニヤつきながらその紙のある部分を注目しろと言うように、ナインの人差し指が向けられていく。そしてそれは赤色でデカデカと書かれた80の文字のところでピタリと止まった。…一瞬、みなの目が点になった。アイルに至っては二度見する始末。
「…この前のテストですか?」
そう、それは一週間前に行われた歴史のテストだった。
「「っは、はちじゅう〜〜〜〜〜!?」」
ケイトとアイルの声がハモった。アイルはナインからその紙を乱暴にとりあげるとまじまじとそれを見やった。…嘘だ。ありえない。コイツがこんな点数を取るなどありえない。なぜならナインは、このクラスでもtop3を争うバカだからである。
「ナインどうしちゃったの?!」
「め、珍しい事もあるもんですね…」
結構酷い事を言われているがナインは気にもせずに腕を組み堂々とした態度を見せつけていた。
「隊長採点ミスちゃうやろな!?」
「お前どこまで疑うんだよ!?」
ナインはアイルからテストを取り上げ、さも嬉しそうに吟味するかのごとくそれに目を通していく。その後でもう一度アイルに向き直り、最初と同じ不敵な笑みを浮かべた。
「…アイル、お前忘れてねえだろうな?」
「……何を?」
「俺がテストで70点以上とったら何でも言う事聞くっていったよな?」
…言ったっけ。そんな事。アイルは一瞬天を仰いだが、確かにそんな事言ったような気がしてその顔に焦りの表情を現し始めた。
いつも50点もとれていないナインの事だから70点なんて取れるハズないと思って冗談で言ったつもりだった。なのにこの男、その10点も上の点数をとりやがったのだ。そんな奇跡起こるなんて誰が想像しただろう。
「…言ったっけなぁ〜?」
「言った!!…忘れたとは言わせないぜ?」
ナインのニヤついた表情を見てアイルは何だか嫌な予感がした。コイツが言う事にろくな事は無いハズだ。きっととんでもないお願いをされるに違いない。迂闊だった。こんな事なら90点と言っておくべきだったかとアイルはとぼけながら、ゆっくり席を立つ。
その行動を皆が注目して見ていた。クイーンとケイトに至っては、アイルがこれから何をしようとしているのかがハッキリとわかっていて。
「っじゃ!」
アイルは笑顔でそう言うと中庭の方へ走り出した。…やっぱり逃げた。クイーンとケイトは呆れた顔でそれを見送り、ナインは一歩遅れてそれを追って行った。
「コラ待てアイル!!!」
「ぎゃあーーーーー!!」
…二人だけの鬼ごっこが、始まった。
「〜〜〜!!」
アイルが中庭に行くと、そこにはエースとトレイとジャックがいて。アイルは助けを求めるようにその輪の中に入って行った。
必死で何かに逃げてきたアイルを見て、それぞれが口を開く。
「おや?鬼ごっこですか?楽しそうですね」
「楽しないわ!!」
「ボクも混ぜて〜!」
「鬼ごっこしてるんとちゃうねん!!」
…まったくなんて呑気なんだコイツら。そしてまったく役に立たなそうだ。頼りになるのはエースだけかと思ったが、ナインの姿を見たエースは笑顔でナインに呼びかけている。…コイツ、一番最低だ。アイルはなんだか裏切られた感満載で悲しみに浸りながらその場を速攻後にした。
「待てコルァ!!」
「ナイン〜?アイル何かしたの〜?」
ジャックの呼びかけに答える事なくナインはものすごい速さで三人の間を駆け抜けて行った。…あれは大変そうだ。三人はアイル哀れだなと結構他人事のように呟いていた。
*
墓地のそのまた奥の木々が生い茂る場所まで逃亡したアイルは、そこであっけなくナインに捕まってしまった。
「お前…逃げ足だけは速ぇんだな…」
「はぁ…っ…はぁ…疲れた」
「観念するんだな」
「ふぇぇ…」
一体何をお願いされるのだろうか。こんなに走った後で体力使う事はご免被りたいと願いつつ、アイルは深呼吸して気持ちを整えた。
「アイル、座れ」
「え?」
「いいから、座れよ」
アイルはナインから目を逸らさずにユックリとその場に座った。何故座るのか意図がまったくわからない。この男一体何がしたいのだろう。アイルは興味と恐怖の入り混じった顔をナインに向けていが。
「??」
ナインが一つ笑ってアイルの近くに同じように座るもんだから余計混乱していた。…え、意味がわからない。とアイルがキョトンとしていると、ナインは自身に背を向けてそのまま後ろに倒れいった。ナインの行動を逃さず見ていたアイルは、ナインの頭が自身の太ももの上に乗るのを見た。いわゆる自分はナインに膝枕をしているという形である。
「…えーっと、あのー…」
いささか状況が飲み込めないアイルはカタコトでナインに話しかけた。ナインは目を閉じてその表情を読み取られない為か、腕で顔を隠す形をとっている。
「…ナインさん」
「なんだ」
「いや…何しとんの?」
「何って、膝枕だろ」
「見ればわかる。うん、それは見ればわかる」
「じゃあいいじゃねえか」
「いやよくねえし!…何?これがナインのお願いなん?」
「…悪ぃかよ」
そういうナインの顔がいささか赤みを帯びて行くのをアイルは見た。恥ずかしがり屋な癖に結構大胆。膝枕がして欲しかったのか。ただの膝枕なのに、その為だけに勉強を一生懸命しているナインの姿がアイルの脳裏に浮かんだ。…何だか可愛い奴だな。そう思うとアイルの頬が自然と緩む。
「…けどさぁ、ウチやなくても良かったんやない?」
0組には自分よりも美しく可愛い人がたくさんいる。というより自分以外みんな容姿端麗だと思う。そんな中で何で自分の膝なのかアイルは疑問だった。
「まぁクイーンはさせてくれへんやろうけど…サイスも無理やな。シンクとかおるやん!あ!レムレムは?レムレムの膝枕とか最高そう!なんならウチがして欲しいくらい!」
一人マシンガントークを繰り広げるアイル。
するとナインは仰向けていた体をアイルとは反対方向へ向け、その口を開いた。
「…俺はお前がよかったんだよ」
「!」
アイルは驚いた顔をナインに向けたが、ナインがその表情を見る事はなかった。アイルは全身が熱くなるのを感じた。…いや、違う。気のせいだ。ナインの頭が乗ってる太もも辺りが熱いから熱くなってきたんだ。違う。ナインになんかドキドキしてない。
「…ばぁか」
ドキドキなんか、してやるもんか。
アイルはナインの髪を乱暴に撫でた。ナインはピクッと反応したが、やはりその顔を向ける事はなくて。
「…うるせえ」
そういうナインの耳は真っ赤で。アイルはニッコリ笑って、ナインの意外と柔らかい髪を撫で続けた。