「あーーーーーー」
静まり返ったオフィスに響く自分の溜息。外の景色は真っ白なのに、自分の心はどす黒く染まっていて。恐らく外は暖房の効いたこの部屋よりも確実に寒そうだが、アイルの身と心はそれ以上に寒かった。
「くそ…何でウチだけ予定が無いんや…!」
当たり前かとも思いつつも、どこか腑に落ちない。そりゃこっちの世界にきて早々自分が恋愛沙汰を起こすことなど無いとは思っていたが、こうも殺風景で無音な部屋に取り残されると無情にも沸き起こる敗北感。
何故こんなにもアイルが負のオーラを漂わせているのか。…それは、たったの5文字。たったのカタカナ5文字が、世間一般に巻き起こす現象のせいである。
「くそっ、クリスマスは元々海外のモン……って、ここもウチにとったら外国か――」
そうやって自分で自分にツッコミ返す事しかできない状況に、寂しさのレベルは増すばかり。
「あーーあーー。八番街とかイルミネーション凄いんやろなぁ〜…」
別にイルミネーションを見て感動するような性質ではない。けれども、イベントには参加したいじゃないか。そういうのを見て今日という日をしみじみ感じるのが醍醐味じゃないのか。たとえそれがお一人様であったとしても、それで自分が楽しかったらそれでよしじゃないか。
…なのに何故自分は今雪という白い幻想ではなく、紙束という白い現実を目の当たりにしていなきゃならんのだ。
「くそーーーっ!」
バシバシと怒りをぶちまけるようにキーボードを叩く。壊れたって知るもんか。それは自分のせいじゃない。この状況に自分を置き去りにし、己の予定を優先した上司のせいだ。
「寒い。身も心も寒い」
ブルブルとあからさまに表現するようにアイルが体を震わせた。
…その時だった。
ウィン_
「っ!?」
開くはずないと思っていたオフィスの扉が開き、そしてそこに立っていたのは、
「Xmasに残業とはなんとも哀れな奴だな」
「っ!」
我らがどエスな社長、ルーファウスだった。
「なんで社長がこんなところに?」
「哀れな君をからかいにきてやったのだ」
「…趣味悪いっすね」
というより、この社長がクリスマスに一人でいるなんてありえないと思った。レノと同じ類な彼だって女には困っていないはずで、さぞかし今日も様々な女から誘いを受けたに違いない。…しかし、彼は今自分の前にいる。彼もお一人様なのだろうか。…その方がよっぽど哀れだと思うのだが。
「社長もクリぼっちってやつですか?」
おそらくこの特別な日を一人の女と過ごしてしまうと他の女が嫉妬してしまうため、あえてフリーにしているのだろうと思ったが、アイルは会話を途切れさせないようにとあえてその質問を振った。
「クリぼっち?…ふっ、笑わせるな。このクリスマスをたった一人の女と過ごしてみろ。他の女が嫉妬してしまうではないか。だから――」
…やっぱりか。当たってしまったことと彼の思考回路が読めてしまった自分に、アイルはルーファウスの話も聞かず大きな溜息をつく。
「そんな哀れな君はプレゼント一つとして貰ってないのだろう。哀れだな」
「何回も哀れって言うな。なんか傷つくわ!」
「そんな哀れな君には私からプレゼントを与えよう」
真っ白いサンタさんだぞ。と付け加えるルーファウスに若干引きながらも、ルーファウスからのプレゼントはさぞかし高級なものだろうと、アイルは心の中でガッツポーズをかましていた。決して顔には出さない。そんな表情を見せてしまえば彼の思うツボである。
「社長室に来い。君は今日という特別な日をこの私と過ごすことが出来るのだ。ありがたく思え」
他の女が嫉妬してしまうからあえてフリーにしていたくせに、自分と過ごしてしまっては意味が無くなってしまうのではないだろうか。イコール、それは自分の死を意味する。…きっとこの人はそんな事微塵も考えていないのだろうが。
「拒否権は」
「早く来い」
そう言ってルーファウスはあっけなく部屋を出て行ってしまった。
「……」
ああ、この楽しい楽しいクリスマスという日の後で私は灰となって散りゆくのかもしれない。誰にも見られないように社長室を目指すしかなさそうだ。そう思いいつつ、アイルはしぶしぶ部屋を後にした。
*
「――さてアイル、」
「ブラック!久しぶり!」
「ワンっ!」
どうにか人目を避けて社長室にきたアイルは、入って早々社長の愛犬―ダークネイションに飛びついた。
自分そっちのけで熱い抱擁をかわす一人と一匹。ルーファウスはすっかり忘れてしまっていた。アイルが動物大好きという事を。…ここでは、自分は全く相手にされないということを。
「…ほら、アイル。ミッドガルで一番高級な店のケーキだ」
…こうなったら食べ物で気を引く作戦開始。
「え!マジっすか!」
案の定アイルは目の色を変えてケーキに飛びついてきた。…ちょろいもんだぜ。ルーファウスは勝利の笑みをダークネイションに向けた。
「わ!美味しそう!さっすが社長!」
よっ、男前!などと囃し立てるアイル。こういう時だけは調子がいいというか、なんというか。
「んまい!!」
「そうかそうか。それはよかった」
これまた美味しそうにケーキを頬張るアイルを、ルーファウスはコーヒーを口に運びながら見守っていた。
本当は最初から、アイルとクリスマスを過ごすことを勝手に決めていたルーファウス。ただ普通に彼女を誘っても、きっとアイルが素直にうんと言うはずがないことはお見通しだった。だからさりげなく、ルーファウスは嫌味っぽく彼女を呼び出したのである。
「もう一個食べていいですかー?」
…そんなことも露知らず、アイルはただ目の前ケーキに夢中だった。
「あぁ、好きなだけ食べるがいい」
よっ、太っ腹!とまた囃し立てるアイル。…囃し立て方がなかなかオッさん臭いが、とりあえずそこはそのまま置いておくことにする。
「そうだアイル、お前に――」
そうしてルーファウスが、本日のメインイベントを進めようとした時だった。
「なんやブラック?ケーキ食べたいの?」
「ワン!!」
「……」
またしても自分を遮るのは、恨めしいほど綺麗な漆黒を放つそれ。
「残念やけどこれはブラックには甘すぎるわ」
そう言ってアイルが申し訳なさそうにそれを頬張る。それをダークネイションはうるうるとした瞳で見つめてきた。しっかりお座りはしているのだが、我慢ができないのか次第にモゾモゾし出していて。…か、可愛いじゃないか。そんな顔で見つめちゃいやん。とアイルもアイルで悶絶しているのであった。
「…いっそのことウチのペットにならへんか?」
「その前に君が私のペットになるがいい」
「…どさくさに紛れて何言ってんすか」
「…ダークネイション。私と彼女の仲を邪魔するな」
あっちに行け。とルーファウスが目で指図するも、ダークネイションはプイとそれをガン無視した。…このやろう。ついに下剋上に走ったか。誰のお陰でいい生活を送れていると思っているのだ、とルーファウスは若干ムキになっていた。
「っワン!!」
そうして、ついにダークネイションが痺れを切らした。
ダークネイションに勢いよく飛びつかれたアイルは、そのままソファに倒れる形となって。
「っ、こらブラック…!な、舐めるでない〜〜!!」
ペロペロとアイルの口のまわりを堪能するように舐め続けるダークネイション。そんなダークネイションを放そうともがくアイルは、しかしどこか楽しそうに見えて。…あぁ、まさか自分の飼い犬に先を越されるとは思いもよらない。屈辱極まりないことである。
「…離れろ、ダークネイション。それをしていいのは私だけだ」
「っ、言ってる事おかしくないすか!?」
「私のアイルに触るな」
「誰がアンタのアイルだ!!」
「早く退け、撃つぞ」
「っ恐ろしいなアンタ!!!」
そうしてルーファウスに顔を向ければ、不機嫌極まりない顔の彼がそこにはいて。…犬相手に大人気ないなこの人は。小学生か。
「ダークネイションを撃ったら、ウチが社長を撃ちますからね」
「…それも捨てがたい」
「やめて下さい。いろんな意味で怖いです」
まったくこの社長、手に負えない。これは一刻も早くこの場を立ち去った方が良さそうである。
「せや!ブラック!外で遊ぼう!!」
「ワン!!」
「…待てアイル。私の用事はまだ――」
「雪合戦やブラック!!」
「ワンっ!!」
そうして、嵐のように一人と一匹は社長室から姿を消した。
「…まったく――」
一体どうやって犬と雪合戦をするのかという疑問はさておいて。このオチは毎度お馴染みかと思いつつ一人取り残されたルーファウスは、フッと一つ笑みを漏らしてそのポケットに手を伸ばして小さな箱を取り出した。
「…お預けをくらったようだ」
一人まじまじとそれを見つめ、手の中でそれを弄ぶ。まるで今の自分を見ているようで、ルーファウスは自嘲気味な笑みを一つ零すのであった。