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同じクラスの孤爪くんはとにかく静かで大人しい。いつも一人でゲームしてて、誰かと喋ってるところは見たことがない。いつも怠そうだけど毎日朝から学校に来てるし授業中は真面目に板書していて、この前のテストではクラスで総合5位の成績だった。
「孤爪くん頭いいんだね」
私が話しかけると孤爪くんは少し眉を顰め返答に困っていた。張り出されていた順位表のことを話すと、全く興味がないようで「ふーん」と返された。
「家でずっと勉強してるの?」
「そんなわけないでしょ。部活あるし、帰ったらゲームして寝てる」
休み時間はずっとゲームしている孤爪くんは家でもずっとゲームしているらしい。それに、放課後は部活をしているらしい。つまり授業と宿題だけであんなに成績が良いということだ。
部活をやっているというのも初めて知ったし、急に孤爪くんの情報がたくさんインプットされてショートしそうだった。
孤爪くんとは仲が良いわけでも悪いわけでもないただのクラスメイトで、近くにいたら話しかけたり目があったらおはようとか適当に挨拶するような仲だった。孤爪くんから話しかけられたことはないけど彼は誰にでもそうだから気にしていない。
付かず離れず、どちらかといえば離れている関係だけど、本当は私は孤爪くんと仲良くなりたいと思っている。
静かで笑わなくて何考えてるかわからないけど、決して変な人ではないし話しかけると戸惑いながらも普通に喋ってくれて結構優しい。それに、孤爪くんはよく見ると顔が綺麗で腕や指先は意外とゴツゴツしていて男の子って感じでかっこいい。
密かに見つけた孤爪くんの魅力を、私は誰にも気づかれないように一人で楽しんでいた。
§
「部活なにやってるの?」
移動教室でたまたま隣の席になった時に孤爪くんに聞いてみた。
「え、今更?」
孤爪くんは怪訝な顔で言った。
私が孤爪くんのことを気になり出してからゆっくりと季節は巡り、もうすぐ制服が冬服に変わる時期だった。
孤爪くんとの会話はだんだん増えたが、仲が良くなったかどうかはわからない。孤爪くんは表情も態度も変化がないからだ。
私はまだまだ孤爪くんのことを何も知らない。
「おしえてよ」
孤爪くんのセーターの袖をくいくいと軽く引っ張りながら言った。孤爪くんは少しむすっとした顔でこちらを見やった。セーターを引っ張る指先は払われなかった。
「教えない」
孤爪くんはそう答えるとワークを見ながらプリントにスラスラと書き込み始めた。私はそれをまるっとカンニングして自分のプリントを埋めた。
しばらくして、孤爪くんが私のプリントをちらっと見てから俯いた。肩がふるふる揺れていたので怪しいと思い顔を覗き込むと、孤爪くんが笑いを堪えているのがわかった。
「どうしたの? なんか面白いことあった?」
孤爪くんが笑うなんて超レアだ。私は好奇心と感動でワクワクしながら聞いた。
「なんか……すごい間違ってる……」
ぷくくと堪えきれてない笑いをこぼしながら、孤爪くんは震える声で言った。私は首を傾げながら自分のプリントを見ると、孤爪くんのを写したはずなのに何箇所か全然違う字を書いて変な言葉になっていた。
正直そんなに笑うことかなと思ったが孤爪くんが笑ってるのを見れたのが嬉しくてどうでもよかった。
「ミョウジさんって割とアホだよね」
ひとしきりくすくす笑って落ち着いたと思ったら孤爪くんにそんなことを言われた。
「え、ひどい」
「褒めてるよ」
「どこが?」
アホは否めないし特に傷ついてもないけど、拗ねたふりをしながら間違った箇所を消しゴムで消して書き直した。その様子を孤爪くんが肩肘をついてじっと見ていたので少し緊張して線がぶれた。
§
ある日の放課後、私はいつも通り帰るふりをしてこっそり孤爪くんの後を尾行した。孤爪くんに何回聞いても教えてくれないので、何部に入っているのか突き止める為だ。
孤爪くんは教室を出るとまっすぐ昇降口に向かった。孤爪くんが靴を履き替えていると大きい人が現れて孤爪くんに話しかけていた。
あれは多分孤爪くんの話にたまに出てくるクロという幼馴染の人だ。直接関わったことがないのでなんとなくしか知らないけど、あの髪型と背の高さはかなり目立つので離れていても誰だかわかる。
二人はそのまま一緒に体育館の方へ歩いて行った。私は急いで靴を履き替えて後をつけた。
途中で友達に話しかけられたせいで見失ってしまって、とりあえず体育館の近くをうろちょろしていると向こうから赤いジャージの集団が歩いてくるのが見えた。咄嗟に物陰に隠れてその集団を観察してみると、寒そうにポケットに手を突っ込んで歩いている孤爪くんが見えた。
間違いなくあの風貌は絶対に運動部だ。いろいろ想像してみても、孤爪くんと運動部が全然結び付かなくて困惑した。
集団はゾロゾロと体育館へ入っていった。どうするか悩んだが、ここまで来たら少しだけ覗いてついでに一枚くらい盗撮してから帰ろうと思い恐る恐る体育館の中を覗いてみた。
わらわらと人が行ったり来たりしていて、ネットが立てられ、ガラガラと大量にボールが詰まったワゴンが運ばれていた。あれはどう見てもバレーボールだった。
「え、うちの男バレってたしか……」
「何してるの」
「しゃっ」
「しゃ?」
突然後ろから声をかけられてびっくりして変な声が出た。
「ここ孤爪くんオハヨウいい天気だね!」
「曇りだけど」
ヒュウと乾いた冷たい風が吹き抜けていった。
「こんなとこで何してるの?」
孤爪くんはじっと私を見下ろした。少し首を傾げているのが可愛い、とかそんなことを思っている状況ではない。
まさか教室からずっと後をつけてきましたなんて言えるはずもなく、私は必死に言い訳を探した。
「迷子になっちゃって」
「ふーん」
孤爪くんの顔に絶対うそだろと書いてある。気がする。あきらかに疑いの目を向けられてどうしようかと焦っていると、救世主が現れた。
「研磨〜そろそろ始めるぞ」
「ああ、うん」
「ん?」
救世主もといクロさんは私を視界に捉えると、孤爪くんと私を交互に見て「おやおや〜?」と言いながらニヤニヤしだした。
「なに、その顔」
孤爪くんが眉間に皺を寄せて言った。
「邪魔しちゃったかなーと思って」
「べつに」
「ふーん。どうもハジメマシテ、黒尾鉄朗です。いつも研磨がお世話になってます」
「あ、はじめまして! ミョウジナマエです。いつも孤爪くんにお世話になってます」
「二人ともなんなの」
クロさん改め黒尾さんが片手を差し出してきたので私も同じようにすると、がっと握手されぶんぶんと振られた。
「あれ? 私のこと知ってるんですか?」
なんとなくノリで返したが、「いつも研磨がお世話になってます」という言葉が引っかかった。もちろんお世話はしてないしなんなら私が構ってもらっている方だけど。
「うん、よく研磨から話をぅぐっ」
黒尾さんが話してる途中で孤爪くんが黒尾さんの脇腹を膝で突いた。黒尾さんは脇腹を抑えて「やだ研磨くん乱暴っ」と何キャラかわからない声で吠えた。
「クロのことは気にしなくていいから」
孤爪くんが淡々と言った。
横で黒尾さんが「ひどい」と言ってもシカトしていて、その流れが面白くて思わず笑うと孤爪くんもほんの少し笑った。
「ナマエちゃん、暇なら見学してく?」
「えっ」
「え、いいんですか?」
「いいよいいよ。三年引退したから一二年しかいないし気にしないで」
孤爪くんは少し困ったような顔をしていたが、こんなチャンスないと思った私はお言葉に甘えて見学させてもらうことにした。
部活の邪魔にならないようにギャラリーの端っこに立っていたが、途中で「じょっ女子がいる!?」と騒いだ人のおかげで注目されてしまって、少し恥ずかしかった。その後その人は黒尾さんに叱られていた。
彼は多分1組の山本くんだ。ヤンキーっぽくて目立つから知っている。孤爪くんがバレー部なのも意外だったけど、山本くんも山本くんで意外だと思った。
基本のトレーニングらしいことをしばらくしたあと、三人ずつのゲーム形式で試合が始まった。
バレーのことはよくわからないけど、あの孤爪くんが真剣な表情でボールを追いかけたり投げたりする姿を見るだけで感動と興奮で胸がいっぱいになったし、かっこよくてドキドキした。
しばらくして休憩になり、黒尾さんに呼ばれたので下に降りた。
「どうだった?」
「楽しかったです!」
「そう? ならよかった。もう暗くなってきたから、ナマエちゃんはもう帰りな」
「はい、ありがとうございました」
名残惜しさを感じながらも、ぺこりとお辞儀をした。
視線を感じて振り向くと、孤爪くんと目が合った。
「孤爪くん、バレー上手いんだね。よくわかんないけどすごかった!」
私が言うと、孤爪くんは反応に困ったのか少し目線を泳がせてから「……ありがと」と呟いた。
「こう、シュッてやってたよね」
フェイントをかけてネットの向こうにボールを落とす真似をしてみると、孤爪くんは微かに笑った。
「あんまり、見ないで」
「えーっなんで? かっこいいよ」
私がそう言うと孤爪くんはそっぽを向いて、手に持っていたドリンクをごくごくと飲んだ。
「あれ、照れ隠しだよ」
耳元でひそひそと黒尾さんが言った。
「え、そうなんですか?」
私がそう言うと孤爪くんが「なに話してるの」と言ってきて、黒尾さんは「べつになにも〜?」と言って離れていった。
「……帰り、気をつけてね」
「うん、ありがとう。また明日ね」
手を振ると、孤爪くんも腰あたりで控えめに振り返してくれた。やっぱり孤爪くんは優しい。
帰り道、こっそり撮影した孤爪くんの写真を眺めた。
飛んだ弾みで揺れる髪、まっすぐ鋭い目、ボールに触れるしなやかな指先、筋ばった腕、首筋に伝う汗──教室で見る孤爪くんとは全然違くて、直視できない。静かで無表情な孤爪くんもかっこいいけど、バレーしてる時の孤爪くんはもっとかっこいい。
──私、自分で思ってたより孤爪くんのこと好きみたい。
なんとなく気になって、なんとなく好きで、だから仲良くなりたくて。そんな風に思ってたつもりだけど、違った。
元々大好きだったのが、バレーやってる孤爪くんを見たことでもう後には引けないくらい好きになってしまったんだ。
『……帰り、気をつけてね』
ふいに、今日最後に聞いた孤爪くんの声を思い出して、ぼっと顔が熱るのを感じた。
人と関わるのが苦手で、自分から話すのも苦手な孤爪くんが、わざわざ言ってくれた言葉。大したことない普通の言葉なのに、孤爪くんに言われると特別優しく聞こえた。
「ずるいよー……」
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