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 私は遊郭で生まれ育った。
 こんな所にいるくらいなら死んだ方がマシだと、十五の時足抜けを謀った。どこまでも続く暗闇の中を、途中で下駄が脱げてしまってもおかまいなしに走り続けた。枯れ枝を踏んで足の裏を切っても、帯が何かに引っ掛かって解けても、走り続けた。

「いたぞー!!」

 野太い声が響いた。
 大丈夫だ、まだ遠くにいる。大丈夫大丈夫大丈夫。振り向く暇はない。少し先にある川に飛び込んでしまおう。飛び込んで、そしてどうにか向こう岸まで泳ごう。溺れて死ぬならそれでも良し。とにかくあいつらにだけは捕まりたくない。

 息も絶え絶えに、体の節々が痛むのを無視して必死に走り続けていたら、いつの間にか追っ手の気配が消えいやな静かさに包まれていた。
 撒けたのだろうかと一瞬安堵した直後、湿り気のあるなにか気持ち悪いものに包まれ身動きがとれなくなった。
 何が起こったのかわからず恐怖で声も出せないままガタガタと体が震えた。

「旨そうな女だなぁ? キキキッ」

 背後から不快な金切り声が浴びせられた。恐怖と寒気と腹の底から迫り上がってくる吐気でその後のことはよく覚えていない。ただ意識が飛ぶ直前に、人では無い不気味な何かと目が合ったことだけは忘れたくても忘れられないトラウマだ。

 あの時に私は運良く助けられ、鬼殺隊に拾われた。帰る家はあるかと聞かれ、迷わず無いと答えたからだ。もうあの地獄には帰りたくなかった。

 しばらくの間療養させてもらった蝶屋敷で、そのまま給仕として住み込みで働かせてもらえることになった。私の身を案じやさしい心配りをしてくださったお館様にも、胡蝶姉妹にも、本当に頭が上がらない。

 廓での立ち回りしか知らない私はなんの取り柄もなく役立たずで、申し訳なさと惨めさで自分の出自を呪った。
 そんな私を暖かく支え見守ってくれた胡蝶姉妹のおかげで、私は炊事洗濯掃除からほんの少しの医学の基礎まで身につけることができた。また、たまに鬼殺隊員の機能回復訓練の補助もしている。

 蝶屋敷での日々は幸せそのもので、私ははじめて生きることの素晴らしさを実感した。

 気づけば5年ほどが経ち、私は二十歳になった。
 少し前から、なにかとお見合いを勧められたり独り身を心配されたりする機会が増えたが、私はここで少しでも鬼殺隊の役に立ちながら穏やかに生活していたいだけなのでその手の話は丁重に断っている。


「君が幸せならいいんだ。それが一番嬉しいことだから」

 ある日お館様に言われた言葉だ。
 お館様はいつも木漏れ日のようにきらきらとやさしい言葉で私を安心させてくれる。

「ところで、ひとつお願いをしてもいいかな」
「はい、勿論。なんでしょう?」
「霞柱の屋敷に給仕として仕え、彼の側にいてほしいんだ」




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