Yes or No

「例えば、明日世界が終わるとするじゃん?」
「……クロエ、それ、洒落にならない」

クロエは砂糖をコーヒーにいれながら、物騒なことを気軽に言う。
私達がアルカディア・ベイを見捨ててから、既に三ヶ月は経っていた。

最初の一ヶ月は寝れなかった。ただクロエの運転する車に乗り、どこまでも走った。
身を寄せあい、浅くも睡眠をとる。多くない手持ちのお金をはたいて、無理やりご飯を押し込むように食べる。
ジョイスおばさんのご飯が恋しくなって、泣いたこともあったっけ。
私が泣くと、クロエは黙って抱きしめてくれる。でも、抱きしめてくれている時のクロエの顔は、自分を責めているような…そんな顔で。
いつしかその顔が見たくなくて、泣くのを我慢した。
しばらく経つと、お金が無くなり…アルカディア・ベイからどれだけ離れているかもわからない街に滞在して、クロエと共にバイトを始めた。

「何神妙な顔してんだよ、マックス。」
「ううん。今、幸せだなあって思っただけだよ」
「…変なマックス。って、おい、あたしの話聞いてるか?」

ただ、この三ヶ月間、クロエがもう死にそうな目にあっていないという事だけが唯一の救いだった。
私の能力も、使うことは無くなった。

「聞いてるよ。…でも、私たちは一回世界の滅亡みたいなの、体験してるじゃん」
「お、マックス。それもなかなか不謹慎で洒落にならないぞ」

私が返事を返したのが嬉しかったのか、クロエの声のトーンが上がる。
今頃皆は何しているのだろうか。生きてるか死んでるかもわからない彼らの心配なんて、見捨てた張本人の私がすることじゃないのに。

「ったく、その顔禁止!折角仕事も見つけて、住むところまで貰ったんだから、んな顔すんじゃねえ」
「…そうだね、ごめん」
「謝るな、調子が狂う!」
「じゃあどうすればいいの…」

呆れたような顔で笑うと、クロエも笑顔を見せてくれる。
いつの間にか開けられた窓から、冷たい風が流れ込んでクロエの髪を揺らす。
もう一月。冬真っ只中の風は冷たく、寒い。

「寒いよ、クロエ。どうして窓なんか」

私が言い終わる前に、急にクロエが私を抱きしめた。
表情が見えない。クロエは一体、何を考えているのだろか。

「マックス。あたしはずっとマックスのそばにいるから」
「……私も、ずっとクロエのそばにいるよ」

唐突な、愛の確かめ方だった。
お互いがお互いを求めている私達にとって、この言葉と体温だけが真実で、愛だった。
私も、そっとクロエの背中を抱きしめる。

「寒いな」
「それはクロエが開けたんでしょ」
「マックスが考え事してたから。こうでもしないと、こっち向いてくれないだろ?」

クロエが私の肩に顔をうずめる。くすぐったい。
拗ねたような声でそんなことを言うから、なんだか微笑ましくなってしまう。

「そんなことないよ。クロエの話、ちゃんと聞いてるよ」

クロエはゆっくりと私の肩から離れる。
真剣な、でも少し淋しそうな顔で、私と見つめ合う。

「あるだろ。もうあの街のことなんざ考えなくていい。あたしだけ見てろ」
「…クロエ」
「あー!恥ずかしいこと言ったな、忘れろ!」

ばっとクロエが私から離れて、顔を私に見せずに窓を閉める。耳がほんのり赤い。

「そうだ、今夜は二人でクラブにでも行くか?」

背を向けて話を変える、そんなクロエの姿に嬉しくなってしまった。
何回時間を巻き戻したって。何度私達が死んだって。
今の言葉だけは、絶対に忘れてやるもんかと心に誓った。



Back

Top