ありとあらゆる夢のさきで

とある宿屋の一室。レイアは買い物に出かけていて、エリーゼと二人きり。そんな貴重な二人の時間をよそに、私は思いを巡らせていた。
エリーゼはきっと知らない。
エリーゼの好きな焼きそばの作り方をジュードに教えてもらったこと。将来の夢はお嫁さんだということを盗み聞きしていたこと。エリーゼに似合うだろうと、花冠を作る練習をしていたこと。エリーゼの柔らかい頬に触れたいこと。エリーゼが笑うと、胸の部分がぎゅうっとなって、形容しがたい感情が溢れだすこと。
「どうしたんですか、ミラ?」
ティポを撫でながら、のんきに当の本人は私の心配をする。エリーゼは何一つ私のことをわかっていないのだ。私はエリーゼと付き合ってから、彼女以外に向けられることのないこの感情を、私はひどく持て余していた。
「エリーゼは可愛いなと思っていた」
「もう、付き合ってからミラはそればっかりです。」
うれしいですけど、と私から目線を外し、頬をピンクに染めるエリーゼは、やはりとても可愛い。人間は、こんなにも好きだという感情をどうやって伝えているのだろうか。そして、同時に不安になる。こんなに私は彼女の事が好きで、好きで、好きで…きっとこの感情をぶつけたら、エリーゼは私のことを嫌になってしまうのではないか?
「また難しい顔、してます」
悩みの大元が不安そうに私を見つめる。そんな顔をしていただろうか……。心配をかけるのは本意ではない。
その日は取り留めのない会話を楽しんだが、私は彼女に触れたい一心で落ち着かなかった。


「で、俺の所に来たと」
「ああ」
その夜、私は意を決してアルヴィンに相談をしていた。宿にいるレイアとエリーゼはもう寝ているだろう。エリーゼの寝顔を見れないのは残念だが。
「適任…レイアとか、いるだろ?」
「アルヴィンは経験が豊富そうだからな」
「…俺のイメージってそんな軽い?まあいいけど。どうせアレだろ、イチャイチャしたいけど嫌われたらどうしよう…、なんてこと思ってるんだろ?」
「…エスパーか?」
「おたくがわかりやすいんだよ、雰囲気変わりすぎだから」
そんな幸せオーラ出しておいて、と笑うアルヴィンはやはり、人の事を良く見ている。
例えば私が人間だったら、と考えたりもした。だが私にはなさねばならぬ使命がある。使命も大切だが、彼女も大切だ。…私はなんて我儘なのだろうか。私を我儘にしたのも他ならぬエリーゼだが。
「エリーゼが私を変えたんだな。私は特別、自分で変わったと思っていない」
「無自覚に惚気るな、妬けるだろ」
「なんだと?まさかアルヴィン」
「んなわけないだろ!」
「そうか。まあ私のエリーゼは可愛いからな。」
なんだか誇らしくなって笑って見せると、アルヴィンは呆れたようなため息をつく。
「……話に戻るけど。本でそういうのは学んだんじゃないの?」
「本か……。だが私達は男女ではない。それに、どうしても独り善がりな気がするんだ。私はエリーゼのことが好きだが、その重みにあの幼い心は耐えられるのか?」
「なるほど。ミラ様、エリーゼが大切か?」
「当たり前だろう」
「じゃ、エリーゼが不満そうにしてるのも気付いてたか?」
「…は?」

その頃、宿屋の一室。ベッドに入ったはいいものの、エリーゼは寝れないでいた。突然ミラが出掛ける、と部屋を出ていったのが引っかかる。
(ミラ、何か悩み事があるんでしょうか)
レイアとティポはぐっすりと寝息を立てて寝ているなか、エリーゼはもぞもぞと寝返りを打つ。今は何時なんだろうか。ミラが部屋を出ていってから、どれくらい経ったのだろうか…。
(気になって寝れない…)
恋人同士になってから、ミラはエリーゼに対する態度が露骨に変わった。皆はそれを微笑ましく見守っているが、エリーゼはミラに対して不満に近い悩みをずっと持っていた。
(私って、そんなに魅力無いですか?ミラ…)

「エリーゼのこと、大切なんだなと思うさ。だがやり方がちと不器用すぎるな」
ニヤニヤした顔で、私の顔を見つめるアルヴィン。言いたいことがあれば言えばいいと、今度は私がため息をつけば真剣な顔をして話しだす。
「エリーゼはそんなに弱い人間だと思うか?」
「……でも、彼女を傷付けたくない。ドロッセルの家に置いておくのも考えたが…私の傍に居てほしい。それは私の我儘だ。だから私が、守ってやると決めたんだ。そんな私が邪な考えで、彼女に触れてもいいのだろうか。」
ぐっと手を握り締める。きっとドロッセルの家にいるのが一番安全だし、正解なのだろう。
「愛を伝える方法を間違えちゃいけないぜ。大切にするのも、悪いことじゃない。それは恋人としての義務だからな。ま、二人で一度話し合ってみると良いんじゃないか?」
「…拒絶されたら?別れるって言われたら?」
「ははっ、エリーゼはそんなにやわじゃないって、もうミラもわかってるだろ。それに今のミラは心から愛を伝える事だって、行動で愛を伝える事だって、出来ない事じゃないさ。出来なくなるのは、別れた後だってね」
酒を一気に飲み干し、酔いが回ってきたから先帰るわ、とアルヴィンは席を立つ。ひらひらと手を振りながら店の出入り口に歩いていく、後ろ姿を見つめた。
アルヴィンに"恋人に別れようと言われるのが怖くて歩み寄れません"なんて相談事をしているのは、人間界を下りてきたときじゃ考えられない悩みだ。
ここにいても仕方がない、早く帰ってエリーゼの顔が見たい。
彼女が起きたら、ちゃんと話をしよう。彼女に愛していると、伝えよう。



微睡んでいたエリーゼに、扉の開く音はよく響いた。…ミラだ、帰ってきたんだ。
本当は誰に会っていたのか、何していたのか、聞きたい。
(でも…そんな束縛みたいなこと、出来ないです。面倒臭いって思われちゃう…)
なんだかそんな事を考えていたら、もやもやして、そわそわして、悲しくなって。ミラがエリーゼの眠っているベッドに近付いてくる足音を聞きながら、こんな自分を見てほしくないから来ないで、と願っている自分もいて。そんな願いも虚しく、ミラはベッドに腰かけ、エリーゼの髪を撫でる。ゆっくりミラの方を見ると、微笑んでいる顔から、驚いたような表情でエリーゼを見ていた。
「エリーゼ、起きてい……泣いているのか?」
ミラから言われるまで、エリーゼは自分の目から涙がこぼれていることに気が付かなかった。一回泣いているのだと自覚すると、とめどなく涙が溢れて枕を濡らす。
「ミラ……」
「今日は良い天気だ、星もよく見える。…少し出ないか?」



夜空を見ながら、ふらふらとあてもなくエリーゼと歩く。もう10分くらいは歩いたが、その間私達に会話はなかった。ふとエリーゼを見るとちょこちょこと私の隣を歩いていて、周りには誰もいない。
「こうしていると、私とエリーゼしか世界に居ないみたいだな」
「ふふ、ロマンチストですね。ミラの隣を歩けて嬉しいです。……ねえミラ、言いたいことがあるんじゃないですか?」
エリーゼが立ち止まり、私を見上げる。潤んだ目がしっかりと私を捉えていて、なんだ、エリーゼの方がよっぽど強いじゃないか。
「エリーゼ、今の私に不満は無いか」
「わたし……ミラのこと、大好きです。」
「…私もだ」
「でも、ミラは…ミラは、私のことどう思ってますか?」
「……」
「ごめんなさい。わたし、面倒臭いですよね…」
エリーゼは俯いて、ぎゅうっとスカートの裾を握り締めている。場違いなのはわかってしまうが、そんな仕草でさえ可愛い。いとおしい。ああ、私はもうこの子を手放すことが出来ないんだな。
「愛してるよ」
少し屈んで、私の腕にすっぽりと収まってしまうエリーゼをぎゅうっと抱きしめる。小さく私の名前を呼びながら、戸惑っているのがよくわかる。
「悪かった、ずっとこうしたかった…。私はエリーゼに触れることで、何かが変わってしまうんじゃないかと思って…怖かったんだ…」
「……わたしは、そんなに良い子じゃないです。わたしも、ずっとこうしたかった……」
「付き合えただけで満足するべきだと思っていたんだが、自分で思っているよりも私は欲深い。これからも…こうやって、抱きしめたりしていいか?」
「勿論です!」
「お、っエリーゼ?」
突然頬にキスをされる。エリーゼはいたずらっぽく笑い、そのあとすぐに自分の顔を手で隠す。
「……ミラったら、抱きしめるだけで良いんですか…?」
今私がしたいようにしたら、明日はここから出発出来なくなるだろう。落ち着け、相手は子供だ…!
「されたいのか?」
「されたいって言ったら、どうしますか?」
「……エリーゼ、それは誰から教えてもらったんだ」
「ええと…レイアです。」
「そうか」

翌日、レイアにはサイダー飯を奢った。ちなみにエリーゼにはアルヴィンに相談したと言ったら、人選ミスだと言われた。



Back

Top