■ ■ ■
「助かった、ありがとう三郎」
図書室の返却カードに印を押しながら雷蔵は大きくため息をついた。
「兵助との約束だからな」
印を押されたものを雷蔵から受け取り、本の裏表紙のポケットに仕舞い、元あった本棚に返そうと雷蔵をカウンターに置いて向かう。
兵助は意地でも唯に接触したくないらしいと勘右衛門から聞いたのは何ヶ月前だっただろう。兵助を見つけたと勘右衛門から聞いて記憶も思い出していると伝えられて、内心嬉しかったのを覚えている。雷蔵も身を乗り出して勘右衛門につめ寄るほど喜んでいたし。
しかし、勘右衛門伝いに言われたのは極力俺らには関わりたくないという一言。それは、絶対の約束に気がついたらなっている。兵助が彼女に会いたくないという思いは分からなくもないが、それを俺らに押し付けるのはどうかと思うとその身勝手さに苛立ちを覚えた。第一、この現象に法則性は今のところ見当たらないのだ。ifなどを考え過ぎてしまうと身動き取れなくなってしまうことを理解できないほど馬鹿ではなかろうに。
分類番号を見て、本を返し雷蔵の元に戻る。
法則性は、無いはずなんだ。
「……雷蔵はどうやって思い出した?」
主語こそないが俺らにはこれが何を指すのか考えるまでもない。今の俺らを掻き回す過去の鎖。雷蔵は一瞬周りを見渡して躊躇うそぶりを見せるが誰も気にしていないのを確認して小さい声で返す。
「三郎を入学式で見つけた瞬間だった。瞬くような一瞬に大量の情報を思い出してしまって、そのまま体調を崩して保健室に行ってしまったけれどね。三郎は?」
「似たようなもの。入学式で雷蔵の名前に妙な親近感を持ったのをきっかけに芋づる式で思い出した」
「勘右衛門はなんて言ってた?」
「……先天性。生まれた時から持っていたようだな」
「兵助は……勘右衛門じゃないと知らないだろうね」
「だんまりを決め込んでるからな」
意地でも合わないと決めてる兵助の情報は俺たちには回ってこない。元々、兵助と勘右衛門は進学特化の優秀コース、俺たちは普通のコースでクラス自体も違うのだからどちらかが会いに行かない以上会うことはない。つまり本人から情報を聞き出すこともできない。会いたくないねえ。
……兵助の考えは俺たちが会っているところにもし彼女が鉢合わせて、もし記憶が蘇ってしまったらどうしようという所なんだろう。
「いいよ、三郎。俺は協力する」
耳に届いた雷蔵の言葉に息が漏れた。
「三郎が何を考えてるかぐらいは分かるつもりだよ。……二人で一つの双忍だろう?」
二人で一つ。今のご時世には中々合いそうにないその言葉を雷蔵は吐く。双忍。不思議とこれ程まで頼りになる言葉も無く、思わず顔がにやける。昔も今もお互いを一番理解しているのは変わらない。誰よりも頼りになる相手で、お互いはお互いの武器だ。
「……ああ、そうだな。よろしく頼む、相棒」
笑うと俺より何倍もにこやかに雷蔵も笑う。優しい笑顔に救われるのはいつまでも変わらない。
兵助に会いに行こう。
忘却という名の分かれ道
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