13 -守るため-
本当はどうしようもなく
大切なのに――
Link.13 -守るため-
(side:幸村)
「はぁ…」
部活が終わった後誰も居ない部室で、俺は一人、深い溜息を吐いていた。
どうしてこんな事になったのか…。
『精市、まだ居たのか』
「蓮二…」
部室のドアがゆっくり開いたかと思うと、蓮二が顔を覗かせる。
『何をそんなに悩んでいるんだ』
「…別に」
と言ってはみたものの、相手はあの蓮二だ。
誤魔化せる筈もなく。
『彩愛の事か?』
ほら、
ピンポイントで当ててきた。
いや…蓮二が気付かない筈がないか。
だって彼もまた、彩愛の事を人一倍気にしてるんだから。
「彩愛は、辞めさせないといけなかったんだ」
何が何でも、辞めさせたかった。
彩愛が傷付く前に…。
『赤也も仁王も、彩愛の事を気に入ってるみたいだからな。仕方ないだろう』
「赤也と仁王がああ言うことは想像範囲内だよ。でも…」
まさか蓮二がそれをフォローするとは思って無かったんだ。
俺は忘れていた。
蓮二も彩愛が好きだと言うことを――。
『精市、最近の彩愛に対するお前の言動は可笑しい。何があったんだ?』
「何も無いよ。…って言っても、信じないんだろう?」
『信じられる事では無いな』
「ハハッ…厳しい意見だな」
蓮二は曖昧な返事で納得出来る相手では無い。
俺が言わなくても、きっと調べ上げて明らかにするだろう。
だったら結果は同じだ。
「牧原と俺が付き合ってるって事、知ってる?」
『…噂には、聞いていた』
まぁ、ここまでは誰でも知ってるか。
結構校内でも噂になっていたことだし。
多分あの赤也でさえも知ってるだろう。
「じゃあ…俺が何故彼女と付き合ったか、分かる?」
俺がそう尋ねると、蓮二は返事に少し間を開ける。
そしてこう答えた。
『彩愛の為…か?』
流石、蓮二の答えはいつも的確で揺るぎない。
まるで正しい答えしか、知らないかのように。
「脅されたよ」
『…脅し…?』
「付き合わないと彩愛を傷付けるって。馬鹿なことを…」
無理矢理手に入れて何が嬉しいんだろう。
俺は絶対に彼女を好きにならないし、今も何の感情も抱いていないのに。
寧ろ、嫌われることを想定したりしないのだろうか。
『だが、彼女はマネージャーにまでなって彩愛と接触しているが?』
「やっぱり、気付いたか…」
牧原がマネージャーに入れろと言ってきたのは、俺が居るからだと思った。
だけど彼女は、テニス部に入って明らかに彩愛を敵対視していた。
決定的だったのが、"白井梨華をマネージャーに入れたい"と言ってきたこと。
調べてみたらその子は赤也の彼女で。
俺と一緒に居たいだけなら、赤也の彼女を入れる必要は無い。
彼女は間違いなく…赤也の彼女を味方に、彩愛を傷付けるつもりなんだ。
『もしも部活中に彩愛に何かあったら、どうするつもりだ?』
「大丈夫だよ。彩愛はあんな感じだけど、空手習ってたし」
『空手?』
「恥ずかしい話、昔は俺の護衛をやってくれてたよ」
昔の事を思い出すと、何だか可笑しくなって、俺は笑みを零した。
彩愛への想いは、誰よりも強い自信があるのに…。
俺は今、彩愛の側にいてあげる事が出来ない。
それがどんなにもどかしいか。
『精市、牧原が牧原グループの娘ということは知っているか?』
「知ってるよ」
そこまで調べ上げたんだ。
やっぱり蓮二は抜かりない。
『権力では彩愛は叶わないぞ?』
「それも大丈夫。何てったって、彩愛には彼女よりももっと凄い叔父が居るからな」
『そこまで安全の保証があるなら…何故牧原と付き合った?』
「………」
『お前が牧原と付き合わなくとも、彩愛を守れただろう』
俺が何故、牧原と付き合ったか…。
彩愛を守る為、それに嘘は無い。
だけど今、こうして彩愛を傷付けてることは紛れも無い事実。
それでも、俺は牧原と付き合わなければならなかった。
そうしなければ――
「
彼氏になる為に、付き合ったんだ」
『…牧原を、好きだったと言うのか?』
「フフッ。好きじゃないよ、これっぽっちも」
ファンクラブなんて作って浮かれてるただの同級生、としか思ってなかった。
だけど、彼女を知るにつれて、嫌いに近い感情が沸き上がった。
好きなわけが無い。
「彼氏になれば、近付けるだろ?」
彼女の行動も言動も、一番把握出来るのは"彼氏"というポジション。
「"彼氏"って言うのは、本人の次に近い場所って…知ってた?」
『まさか…牧原を見張る為に付き合ったのか…?』
「そう。彼氏だったら携帯を盗み見してても"浮気が気になって"で終わる。だけど、ただの同級生がそんなことをしたら」
『
不審者になるな』
「ハハ。流石にこの年で不審者にはなりたくないからね、俺も」
『年は関係無いと思うが…』
蓮二は浅く溜息を吐く。
俺が彩愛を突き放したのは、この計画を牧原に悟られない為。
そのことで理由も知らない彩愛が傷付くのは目に見えてた。
だけど、俺が居なくても彩愛には仲間がいる。
だから俺は安心して、行動出来るんだ。
「彩愛には確かにある程度の安全が保証されてるけど、何か起きる前に対処しなければならないんだ」
『だから彩愛をマネージャーから外そうとしたと言うのか』
「彩愛には…危険な目にあって欲しくない」
『しかし、テニス部は彩愛にとって生き甲斐に近いもの。それを取ると言うのは…』
「そうだな…それこそ大惨事になりそうだ。だからもう辞めろとは言わないよ」
俺は椅子から立ち上がり、蓮二の肩に手を置く。
「今、俺は彩愛を支えてあげる事が出来ない。だから彩愛が落ち込んだ時は…」
『分かった。後始末はきちんとしておく』
「ありがとう」
一言お礼を言って、蓮二と微笑み合った。
そして俺は部室を後にした。