18 -今だけの願い-
俺が君を突き放したのは
仲間が居るから、
だったのに…――
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(side:幸村)
『彩愛…』
「せ…」
彩愛の体は、上から下まで濡れていた。
微かに匂う甘い香りが、俺の嫌な予感を刺激する。
まさか…
「誰に…やられたんだい?」
『えっ…?いや、これは…私がドジだから…!』
必死に言い訳をするところが、怪しい。
と言うか、俺に確信を与える。
知ってるかい、彩愛…。
それ、君の癖なんだよ――?
「頭からドリンクを被るなんて、誰かにやられない限り無理だろ?」
『――ッ…』
核心を突かれると、いつもそうやって黙り込む。
彩愛の事なら、誰よりも知ってるんだよ。
今、泣くのを我慢してるだろう?
泣き出す前は、いつもそんな顔をする。
そして泣き出すのが、いつものパター
『
幸村部長には、関係ないです…!!』
「え…?」
予想外の反応が返ってきた。
俺に反抗する彩愛の目は、俺の知らない彩愛…。
『だって部長は、私が要らないんでしょ!?なら、私に何があったって関係ないじゃないですか…!!』
あぁ…。
俺が彩愛を変えてしまったんだ。
「そうだね、ごめん」
これ以上…彩愛の側に居るのは危険だ。
二人きりになると、理性が吹っ飛んでしまいそう。
平常心でいられる内に早いとこ此処を去ろう。
そう思い、俺は彩愛の横を通りすぎる。
『ま…待って――!』
しかし、彩愛はそれを許してはくれなかった。
か弱い力で俺の腕をガッシリと掴む。
『ご…ごめんな、さい…』
今にも泣きそうな顔で、謝る彩愛。
反則だって…ソレ。
『私…無理、なの…』
「何が?」
『やっぱり…精ちゃんが居ないと…無理…!』
――ズキン…!
その言葉は俺の胸に確実に突き刺さる。
「俺じゃなくたって…仲間が、居るだろ?」
いつもよりも優しめに問い掛ける。
が、彩愛は思いっきり首を横に振った。
『
精ちゃんの、代わりなんて…居ないよぉ…!!』
俺はなるべく彩愛と目を合わさないように努力した。
けど、分かってるんだ。
そんなことは、無駄だってことくらい。
俺にとって彩愛が特別であるように、
彩愛にとっても俺が特別なんだ。
代わりの人なんて居ない、それは分かってた。
でも、皆ならなんとかしてくれると思ったんだ。
彩愛の事を、何よりも大事にしてくれてたから。
それなのに――
『聞いたかよ?彩愛、仕事サボってたんだってよ』
『確かに…ドリンクを運ぶくらいしか、見たことねぇしな』
『私達からは、マネージャーが何をしてるかは分かりませんからね』
丸井、ジャッカル、柳生が
彩愛を疑い始めた。
『幸村、やはり大海は辞めさせるべきだ』
真田だって…。
誰も彩愛の事なんて、分かってなかったんだ。
俺からすれば、あの女の言ってることが嘘だってことくらい…明らかなのに。
やっぱり彩愛には、俺しか居ない。
俺が居なきゃ駄目なんだ。
『精ちゃ』
「
彩愛…!」
俺は彩愛にキスを落とした。
多分これが、最初で最後の…キス。
『――!?』
この反応からして…彩愛は驚いてるだろうな。
状況も掴めてないだろう。
――でも、今だけだから。
俺は彩愛を力一杯抱きしめた。
冷たく湿った彩愛のユニフォームがまた、俺の心を熱くする。
ごめん。
ごめん。
今だけで良い。
調子の良いこと、言わせて――
「好きだ…」
『…!?』
たくさん君を傷付けて、裏切って。
そんな俺が言える言葉じゃない。
この記憶、消してくれて構わないから。
俺の心に刻み付けられる思い出を…。
『だって、精ちゃん…牧原先輩の…』
――ハッ…
この言葉が、俺を現実に引き戻した。
牧原…。
そうだ、俺の彼女は彩愛じゃない。
牧原、亮子…――。
「――………」
溢れ出した感情を全部押し込めて、彩愛を離す。
『精、ちゃん…?』
「ごめん…」
こんなの自己満足だ。
結局また、彩愛を苦しめる根源になるだけじゃないか。
「相手…間違えた――」
『…!!』
俺の頭の中には彩愛しか居ないのに…。
こんな思い、消えてしまえば良い。
悲しそうに涙を流す彩愛を背に、俺はその場から立ち去った。